世の中に、神様なんてやっぱりいない
「たとえば、運命の出会いがあるかもしれない!」
あったところでどうするんだ?とも思うが、そんな気分であった。
長い長い昼休み、シエスタがちょうど終わりを告げる時刻。
これと言って何かをしに来たわけではないので、趣ある石畳をぶらぶらと歩く。そういえば、もうすぐ日本の母の誕生日なのでそのプレゼント探しを口実にするのもいいだろう。
自分の目と足で探したいと思っていたのは本当の事だ。
置き手紙もしてきたし、携帯も持ってきた。GPSの仕込まれた腕時計もしかり。
連絡は常に取れるようにしてあるので、いいだろうと呑気に思う。
細い路地を抜けて、メインストリートへと足を向けた。
市街の地図を想い浮かべながら、ゆっくりと足を進める。最近碌な休みも無かったために、こうやって時間を過ごすのは久しぶりだった。たまにはひとりでぶらぶら外歩きもいい。
そうして、くたびれたレンガ造りの建物を横切ってそして、そのまままっすぐに進めばメインストリートと、いったところで足が止まった。
視線を、感じた気がした。
外を漫ろ歩きする時は、これと言って気配を殺したりはしない。
その方がよほど怪しいのだ。
この街は完全にボンゴレの元にあるのだが、だからと言って安全というわけではない。お国柄もある。
日本と同じように考えてはいられない。
綱吉は、自分の容姿がこの国でどのように映るかちゃんと理解していた。
完全にイタリア人と言える容姿ではないが、色素からして先祖がえりか日本人離れしはしていると思う。
二十もいくつか過ぎているが、まだ十代に見られる事も多い。いや、18と見て貰えればいい方だ。
それ故に人目を引くのだと言う事も。(友人たちに言うとそれは少し違う、と苦笑が帰ってくる)
今は私服。それも、シャツに洗いざらしのジーンズにパーカーを羽織るというラフさ。
こんな細い路地に入って、迷子と見られてもおかしくはないだろう。一応、観光シーズンでもある。
気にはなったけれど、悪意もなにも感じ取れなかった。用心は怠らないけれど、研ぎ澄まされた勘も沈黙している。
何事もなかったように逸らされて、今はもう辿る事も出来ない。
「それはちょっと・・・・おかしいな」
一般人なら特定くらいならできるのに、と思う。
ボンゴレのボスと気付かれたわけではなさそうだ。同じ世界の人間から見れば、分かるかもしれないが。そういった人間の集まる街でもある。
変に仕草を隠すことなく、きょろきょろとあたりを見回した。
調度横切ろうとしていた建物の先に、カフェバールが一軒。
客もまばらなテラス席、パラソルの下に人を見つけた。
こちらには目もくれずに、気付いた様子も無く手元の新聞に目を落としている。
けれど。
ああ、彼だな。
勘だが、きっと外れてはいない。
あちらも、ばれて困るような事も無いのだろう立ち去る様子も無い。
なんとなく、なんとなく、何故だか、気になった。
曲がりかけた道を2歩ほど戻って、その店の方へと足を勧める。
視力は人並にはあるものの、離れていてはあまり良くは分からなかった相手の容姿がだんだん見えてくる。
若い事は分かっていた。
羨ましい組んだ足の長さ、目測だがこの国にあっては長身と分類されないだろうが綱吉よりはいくらか高く、綺麗にバランスがとれていて羨ましい。
新聞に掛けられた指の白さ。俯いた横顔を照らす光がその白を浮かび上がらせる。伏せがちの睫毛。
そこまで視認できるまでになって、漸く彼は顔を上げた。当然、綱吉が近づいてきているのは初めから分かっていただろうけれど、ここまで不躾にみられるとは思ってもみなかったのだろう、不機嫌そうに寄せられた眉根。
綱吉は、感嘆した。
造作が整っているだろうことは勿論分かってはいたが、想像以上だ。
万人が振り返るだろうオリエンタルな冷たさを孕んだ美貌。この国でも、本国でもさぞ持て囃されているだろう容姿だが、本人はたぶんそこに何の頓着も無い。それが更に硬質な美しさを助長するだろうことは容易に想像できる。
ナルシシズムになど縁のなさそうな仕草も、全てが他人をひきつける。
今、綱吉に向けられる視線の冷たさ、瞳の中にある光に良くここまでそれを隠していたと息をのんだ。
まかりなりにもボンゴレのボスだ。
つわもの揃いの守護者と一戦交えたとしても、遅れはとらない。いや、今の綱吉ならば負ける事はないだろう。
その程度の自負は持っている。
磨いできた勘は、それだけは誰よりも鋭い。それなのに、と。
ここまで来ると、もう隠そうとも逃げようとも思うわけも無くしげしげと見つめてしまった。
鑑賞にも値するその人は本当に眼福だ。
いや、その・・・・・・
――――――――――――――― もろに、好みであった
いやいや、そうじゃない、そうじゃない!!
なし、今の無しなし!!
本人の心の葛藤はともかく
「ほうほう・・・ほほぉ・・・」
だがしかし、声まで出ているが無意識だ。
『お仕事ですか?』
ニコリと、子供のそれを意識して声を掛けてみた。
『仕事の帰りの寄り道だよ。人に会う予定があってね』
流暢なイタリア語だ。
面倒な事は極力ごめんである、しかもボンゴレの本拠地でのそれは火種のうちに消しておかなくてはならない。
暗に、この街荒らすのはやめてくださいねと伝えればそういう意図でいるのではないと返される。
信じてもいいな、と素直に自分の感想を飲んだ。
ざっと、爪先から頭のてっぺんまでを値踏みする。
いい気はしないだろうが、これといってなんのアクションもないのはそういう振りをしているからか、本当に何もないのか。
後者であるだろうと先のやり取りで半分は納得しつつ、僅かな警戒は常に最高レベルまでに引き上げられるようにしている。
白のシャツに薄手の黒のジャケットを羽織っただけ。
同じく黒のパンツにさりげなく付けられたシルバーのウォレットチェーンもゴテゴテとしてはおらず、趣味もいい。
首からシルバーのチェーンを掛けているのは見えるけれど、こちらは生憎シャツの中に入ってしまっていて、トップが何かは分からなかった。
誇りぽい石畳を歩いてきたのだろうが、砂埃を少々かぶっていても分かるほど靴の革は質がいい。
質の良いとは言えない紙を繰る指は、節ばってはいるけれど他の露出した肌と同じく白くそして長い。手のひらではないからあまり多くを察する事は出来ないけれど、常日頃から銃を獲物として生業をこなしているわけではないようだ。
綱吉と同じく、完全な接近戦重視タイプ。
(ただし……書類仕事は、少なくない……かな。どこかの要職か、そんな感じもしないけど)
実力は相当だと言う事は分かるけれど、だからと言って組織的な臭いは一切しない。
所謂一匹狼的な雰囲気だ。何処かのファミリーの子飼いとは思えない。
自由気ままに、気の向いた仕事だけをこなすプロ。
ある意味、綱吉は自分の家庭教師と同じような人種であると踏んだ。
仕事を求めて、ボンゴレの下にやってくるそういった人間も確かにこの街には多いが多分それも違う。
(オレが女だったら、がんばったのにな・・・・ってゆーか向こうが女の人だったら・・・・・・・・・)
あれ?
と綱吉は首をひねった。
すごくいい考えなのではないだろうか。
何故今まで、デキテル友人たちや従属何て言葉はうわべだけの名目上部下たちなんかを、当然のように受け止めていたから考えが回らなかった。
イタリアはカトリックの総本山、ヴァチカンのお膝元。
性的な放埓がある程度容認されるとはいえ、保守的な部分がある。
他のヨーロッパの国と比べてあまりにもその障害は多い。
ボンゴレの大半は、カトリック。ボスがそっちの趣味だとかいう噂は歓迎されないだろうなあ。などと思う、思うけれど。綱吉としては、そんなこと知った事ではない。
いっそそちらの方が障害(この場合相手に求める条件で、という意味だ)が少ないのではないだろうか?
これは、いい事を思いついたかもしれない!!
綱吉はなんだか目の前が開けた気がした。開けた先で、漆黒の人が非常に胡乱な顔を向けてきていたが、気にしない。
パートナーとなるべき人に望むのは
綱吉と付き合っても最低限自分の身を守れるか
この一点が一番難しいと言っていい。
だからこそ、父である門外顧問は最愛の妻を決して誰かの目に曝すような事はしないのだ。
そのせいで彼女が危険にさらされるのなら、躊躇いなく自分との関係を切って全力で守るだろう。
綱吉もそうあるべきだろうが、有事以外公に出る事の多くない門外顧問と違ってボスの座に座っていてはそうもいかないのだ。
ラル・ミルチやオレガノ女史といった女傑がそうそう居るはずもない。
だからといってあの二人とどこうこうなろうなんて、そんな大それた考えが持てるはずもない。
自分に不機嫌な視線を向ける男を、もう一度見る。
身なりはいい。
無造作に羽織っている私服であろう普通のジャケットだが、仕立てが違う。そういう物に金を惜しまない、というよりも当然のように使う人間である。
何度も言うが、相当の実力者だ。
上着に銃は仕込んであるようだが、それよりも危険な物を所有している気配がする。
匣兵器を操るためのリング、しかもそれなりの精製度の物を複数持っている。そういう物を手繰れるのは、周りが言うにはボンゴレの血筋のお陰らしいから、確信である。
それを所有できると言う事自体、コチラ側の人間であっても下層ではないという証拠でもあった。
そうであっても、綱吉が知らない顔である事も警戒心よりも好感を沸かせた。ボンゴレに、媚びる意思がない。
名前も顔も…聞いてはいないが、しかし身体的特徴くらい広まってもおかしくはないレベル。
そもそもこれだけ整った容姿だ、少しくらい話が入ってもいいだろう。
綱吉が知らないだけの可能性も非常に高いので、帰ったら誰かに聞いてみるのもいいかもしれない。
家庭教師や親友たちよりは、骸にでも聞くのがいいだろう。そういった情報は一番早い。たしか今日の夜に先代の護衛として、本部にまで付いてくるはずだ。
無謀だとか身の程知らずと言うには、あまりにも矜持が高い。
ヨーロッパで仕事と言っておきながら、ボンゴレに何の関心も示さないという、その自尊心の高さは本物だ。
そして、何よりも―――。
『すいません!』
好奇心は何とかを殺すと言うが、それに勝るものも無かった。
唐突に掛けられる明るい声に、一層煌めく黒曜石が細められる。
『俺とお付き合いしてもらえませんか?勿論、不純同性交友的意味で』
ニコッと笑う。
一泊遅れて、綺麗な人形のような顔が引きつった。
「は?」
婚活の第一歩は、ナンパから。