わたしのあしながおじさん? 3




ソレは忘れられない日になりました 






我ながらいい提案だと思ったのだ。
今日の自分はとても冴えてるとファンファーレが鳴り響き、自画自賛で拍手喝采。


「本当にそう思っているなら、君。馬鹿どころか、今すぐ病院に送りたいくらいの頭の弱さだ」
「・・・・・・・ええ、ゴモットモ」
「まったく、こんなに慎みのない子に育つとはね」
「ひじょうに、ニホンゴ、オジョウズ、です、ね」

頭が弱い云々よりも目先の事。
今、目の前のお兄さんにボッコボコにされた痛む身体を医者に見せたいところである。
綱吉は現在綺麗な顔の漆黒の男の前、椅子に腰かけ上体をテーブルにべったりと付けてKOされていた。
視界の隅っこで、新聞の切れっぱしがヒラヒラト飛んでゆく。
問題発言の後、ニコっと更に笑った綱吉を滅多打ちにした新聞紙であった。
常人だったら冗談ではなく病院に送られていただろう。
いくら紙と言っても、使う相手がホンモノだと立派な凶器になった。
止めを刺されなかったことは多分、感謝するところなのだろう。やはり接近戦は大のお得意のようだ。
そりゃあ、異国の地で見ず知らず、先ほど会ったばかりの同性に軽いノリでナンパなんてされれば、いい気持はしないだろう。
しかも同業に近い人種からである。
警戒するより先に手が出てくるとはちょっとして想定外だったけれど。
理不尽な暴力を受けたと思わないでもないけれども、たしかにこちらもそれだけの事をした。


「最近、周りのおじさん方のうちの娘と結婚しろ攻撃がキレちゃいそうなくらいに鬱陶しいのと、性格悪いツルっ禿げからの陰気な嫌がらせか教育的指導っぽいものがいよいよ極限レベルになってきまして……ああ、いえちょっと病んでる可哀想な子って事で許してやってください」
「ツル…?」

わっっと両の手のひらに顔をうずめて泣いてみると、目の前の男は虫けらでも憐れむような目でそんな自分を見ていた。
けっこう、心に響く・・・・。

「だからって、街で適当に引っかけた相手と契約結婚なんて考えはどうなの」
「いえ、誰も文句のつけようのないお顔立ちと、立ち居振る舞いと、あと後腐れもなさそうだと思って駄目もとで、ツイ…いいいいいいいいいいいいいやああああああごめ、ごめんなさっ!!!!」

また、険呑な光が燈った瞳が細められるのを目にして綱吉はひれ伏した。

この人、怖い――。
ほんとに怖い。ほんと、ほんと、これまじで!!

大ボンゴレのボスともあろうものが、この体たらく。
因みに、先のセリフの前半部分には男は案外機嫌を良くしていたのだが、後半部分でマイナス点になった事を綱吉は気付けない。

「いい条件だしますよ…」
「まだ言うの?残念だけど僕はもう売約済み」
「っち!人生の椅子取りゲームは過酷だな!!!」


―――いい椅子から埋まってゆく。


ただ、少し綻んだ目元が本当に相手を大切に想っているらしい事を伺わせて、こんな風に想われるなら幸せだろうと名も知らない男の、見も知らない相手をおもった。


「今年中には婚約予定だから。向うは僕の顔も知らないみたいだけど」
「婚約?政略なんとかってやつか・・このブルジョワが……」
「なにかいった?まだまだ子供だと思ってたんだけれど、5年経つしそろそろいい頃あいだからね。向うの保護者ともそういう話だったし」
「綺麗な顔でヤラシイ事言いますね。知ってるそれ、知ってますよお。ムラサキノウエ計画っていうんでしょ?」
「あしながおじさんとか、紫の薔薇の人とか言えないの?どうやって口説いてやろうか考えてたのもなんだかバカバカしくなる」
「・・・・・・はぁ、ばら?」

それは違うと思うのだ。

しかし、今年中に婚約とか言ったくせに、まだ口説いてない、だと?
顔も知らない相手と今年中?
それはもう貴方。
貴方の勝手な片おも―――(怖くて心の中でさえ呟けない)

「既成事実でも作ろうか手っ取り早くていい」などと独り言が聞こえた。

前言撤回だ。
彼の相手が幸せかどうかは、主観と客観でけっこうな違いが出ると思われる。
しょうがない、上流階級の結婚なんてものはそんなものだ。綱吉としては今や自分がその階級にしっかりと喰い込んでいると言う事実を軽く無視しての見解である。

南無南無。
自分の事を棚に上げて拝む。

しかし、なんだかちょっとほっとしてしまった。
割と正論ぽいことを言われた気がしないでもないのだが、この男も大概オカシイ。
今年といったらもうあと半年を切った。

―――うん、がんばって!



「ところで君、ツルっ禿げって何?」
「は?」
「ツルっ禿げて、何?誰?まさか、いかがわしくも人目を憚る関係じゃないだろうね」
「えっと、ハゲって・・・?あ、ああ。あの人の事って、なんでそんな事気にするんです――」
「誰?」
「ちょおおおおと、近いですよ」

べったりと張り付いたテーブルから顔だけを起こした綱吉に、ずずいっと迫る顔。
美人は何しても凄味があっていいなぁ、と呑気な事を思いつつちょっと心臓に悪いので手でバリケードを作りつつ、身体を起こして距離をとった。
いったい何にそんなに食いついてきたのか、良く分からない人だ。
ついでに、綱吉としてはチャイニーズは少し違うにしても、日系アメリカ人辺りを想定していたのだが、ネイティブらしいまったく淀みのない、綱吉にとっても母国語である言語の発音に少なからず驚いている。
自分の守護者の大半があの国産まれな事を鑑みても、どうしょうもない人間を大量排出しているあの小さな島国は最近どうにもけしからん。


「えーっと、俺の後援者?平たく言うとそんなところです、祖父の友人らしいですが」
「――っちょっと待っ・・・・いや、いいよ。で、事実ハゲなの?」

だから、何故そんなに食いつくのか。
片手で頬杖をつき、視線は綱吉から外されて、どこか別のところ見ている…泳いでいる……が随分と真剣に問い詰められる。
ハゲに何かしら思うところがあるのか。本人にはあまり縁の無いような(遺伝ならともかくストレスとかいう方面で)単語なのだから昔ハゲに何かされたとか、そんな事だろうか?


――――あ!綺麗な顔してるってのも、いろいろ大変なんだ


下世話で、アングラな世界に身を置いた人間に相応しい閃きがあったが、口にしたら本気で入院で済まない気がする。


「さあ?」
「さあぁ?!」
「え、えええええ!?なんでそんな怒られないといけないんです、か」
「煩い」
「い…った!だって!!誰になにを聞いても容姿なんて二の次三の次話にも上がらない、酷い噂ばっかなんですもん!!すごい戦闘狂で冗談じゃないくらい強いってだけじゃ物足りず、化け物だとか異星人だとか、もう会話すら成り立たないとかいうヒトデナシだっつーんですよ!きっと手の付け様のない碌でもないゴリマッチョな年寄りに決まってるじゃないですか!!」
「ご、ごり?君、他人は噂で判断しちゃいけませんて躾けられなかったの!?」
「人は見た目で判断しちゃいけませんって教育されましたけど、噂では判断はします!!」
「物事の本質はそんなところにはないよ」
「だって会ったことないんですもん!!」
「余計に酷いだろう!!だからって、何故ハゲだ!?」
「中学レベルの語彙しか持ってないんです。だいたい、そんな腕立って、金と権力持ってるバケモノが更にあんたみたいな美人だったりなんかする理不尽と不公平な世の中であってたまるか!」


天はニ物も三物も与えるとは日頃思うが、そんな貢がれ方は無いだろう。
この世界に救いなんかいっこも無いじゃないか!!

いいや。否定のしどころが無いその噂こそが、神様の贈りものをひっくり返すマイナス要素である可能性を綱吉は気付かない。。
しかし、殴られた頭を抱えて、わぁ――――んと今まさに盛大に泣いている青年がこの街を、このヨーロッパを仕切る男だと誰が察せられよう。

世の中に神様なんてものは居ないんだとこんな事で思い知っていては、いろいろな方面に申し訳ないが致し方ない。
ただし、まだ綱吉は世界の奇跡を全て知りはしないのである――。


「もういい、帰る」
「――っぃだ。ううぅ、酷い……」

最後の最後にまた頭を叩かれて、立ち上がった男を視線で追った。
なぜ怒られたのか、どう頑張っても理解できない。


「その言葉、覚えてなよ?」

どれを覚えていたらいいのだろうか?
やはり、つるっぱげか?

去り際、ぞっとするような何を考えているか分からない漆黒の瞳がこちらを見下ろす。
ニィっと弧を描いた口元に何故か色気があって落ち着かないが、そんな捨て台詞を吐かれる間柄でもあるまいし。

そう思う。
思うものの、要らない勘が次回がちゃんとある事を確信として伝えてくるのがいまいましい。

「俺も、帰ろうかな―――」


まさかイタリアにきてまで、虐められてエグエグ泣きながら帰る日が来ようとは思わなかった。
小学生の頃から、何の変わりも無い。

ああ、そういう星の下に産まれてしまったのだな、なんて今更になって痛感した。











「おはようございます。ボンゴレ」
「久しぶりに会ったと思ったら、お前随分男前になったじゃないか?」
「・・・・・・・」
「なんだよ?」

翌朝。
虐められてぴーぴー泣きながら帰ってきて不貞寝までした翌朝だ。
朝食の席に、久しく顔を見なかった霧の守護者がいた。
優雅な手付きでデザートの果物に手を付けているが、その所作を裏切って顔に張られた大きなガーゼやシップ、手にも包帯がくるくると巻かれていた。

「いえ、昨日昼間の往来で新婚、じゃないですね。婚前旅行の真っ最中に痴話喧嘩してるバカ共を観覧していたら怒られてしまって」
「お前をそんなボロボロにするなんてなかなかのオトコマエじゃないか」
「ほんとうですね。可愛く小突いたり、なんだか微笑ましかったものでついみてしまって。ただ、幼な妻への優しさの欠片でも僕に分け与えてくれたらいいかなぁ、なんて思ったりはしますけど」
「冗談寝てから一昨日言え」
「旦那の方に、そんな感じの言葉で唐突に本気で殴られました」
「趣味が悪すぎるお前がいけない」


「彼ほどじゃないですよ」
「は?」
「いいえ。ねえ、ボンゴレ?」
「なんだよ」

カチャっと陶器の音がして、デザートのフォークを置いた骸が何か非常にコチラを不愉快にさせる慈愛に満ちた瞳を向けた。

「そうだ、骸。お前に聞きたい事があるんだけど、多分お前なら噂くらい知ってるんじゃないかと思うんだけどさ、黒髪黒目のたぶん日本人だろう思う…だからその顔やめろよ」
「ボンゴレ、貴方はきっと幸せな結婚をします。きっと、ええ・・・きっと」
「無視かよ。人の話聞けよおい」
「それでは、僕は素敵なショーの鑑賞は無事に心静かにしたいので、監獄に戻ろうかと思います」
「なんなんだよ!!何かあるな、何かあるんだな!?何だお前、誰だ、誰が何を企んでる」

綱吉は自分の身の危険には敏感だった。
食事を終えた骸は、静かに相変わらずのむかつく微笑を返してくるのみ。
こういう態度を取ってくると言う事は、骸本人はたぶん傍観者なのだろう。自分で仕組んだ事なら、事が始まるまで黙っているだろうと思われる。
そうなれば首謀者の見当は付くがそれが自分の手には負えない者たちばかりなので、必至だ。




「では、ごきげんよう。今のところはまだ沢田の綱吉君!」
「いや、お前…それはともかく。あと一年は9代目の護衛だろ、しかも実体で?そういう契約したんじゃないの?借用書来てたんだけど」
「――――――――はい?!ちょっと失礼」
「あっ、ちょっとまだ話終わってな―――」



これまでの所作が嘘のように 真っ青な顔で走り去ってゆく骸、大きな音をたてて閉じたドア。
沢田綱吉はまだ、自分の身に降りかかるであろう災厄・・・と言いきっていいのかは分からない・・・青天の霹靂たる事実と本人蚊帳の外で着々と進む話を知り得ない。






―――――――――――― 来るべきXデーまで、もう半年を切っている





ハゲハゲとやたら連呼するだけの哀しいお話――。いいじゃない禿げたって、そこには愛があるもの!
お二人の幸せを心から願っています。

ひばつなってゆーか、ひば→つななんですけど。時間の問題なので許して下さい。