ピンクロードワイナリー



「ちょっと、恭弥さん!」


バンッと大きな音を立てて部屋へと戻ってきた綱吉に、雲雀はノックくらいしたら?マナーでしょう。
と、手元の新聞から目を離すこともなく言い放った。
マナーも何も、自室に帰ってくるのにどうしてそんなことをせねばならないのだ。
もっともな反論を、しかし綱吉は口には出さない。



今日新聞には、昨日のさる邸宅の爆破記事が大きく取り上げられていた。
各社ともに、それを大きく報じながら各界政治家との繋がりの濃かった屋敷の主人に対する糾弾や、中には同情を寄せる記事もあったが基本的には権威ある新聞社までもがある種のゴシップとして取り扱っている。
当たり前だ。
確かに大きな事件ではあるが、各社も国民ですらもマフィアの報復だとわかっている。
今回ボンゴレから圧力は掛けていないものの、突付いていいものと悪いものの判別はいくらジャーナリストといえどもついているらしい。


「なかなか派手に載ってるね」

そうは言うが、たいした興味もない声だ。
破壊した本人ではあるが、こんなものがこの男の関心の欠片でも引っ掛けてくるはずがなかった。

「ほんとに、妥協策ですよ。これからは、せめて外装くらいは残しておいてください」
「覚えていればね」
「喧嘩売ってきたのは向こうですが、せめて後のこともう少し……」
「のどが渇いた」
「…………はい」


雲雀が3つも持っているお気に入りのハリネズミちゃんが一生懸命暴れたおかげで、そこそこには威厳を放つ屋敷もあっさりとぼこぼこになってしまった。
綱吉もその場に同席していたが、止めなかったのであまり大きなことが言える立場でもない。
しかし、いくら考えても何で破壊したのかわからないような損壊のしかたをしている屋敷をそのまま放置するのは躊躇われた。
匣兵器の存在は、確かに闇社会では認知済みでもさすがに世間一般に知られるわけにはいかない。
結局、徹底的にやってしまえばわからないよね…と諦めの境地で、大広間ひとつ吹き飛ばしてみたのだ。
紙面に全壊と出てはいるが、そのあと他の敵勢力にでもやられたのだろう。


「別に同情の余地もないだろう?」


今度こそ興味をなくしたのか、経済紙を繰りながら綱吉の心情を透かしたかのようにいう雲雀。
付き合いも長い、基本的に心の機微など筒抜けだ。
隠そうとも思っていないのだが。


「若いといってもボンゴレの大ボスをなめてかかったのだし。見せしめは必要だろう」

その言葉には答えず、困ったように肩をすくめるだけで、綱吉は備え付けてあるワインセラーから1本取り出してなれた手つきでキャップシールにソムリエナイフを当てた。

「あなたの、そういうところとても信頼しています」
「……そこだけなの?」


珍しく拗ねた様な目を見せる雲雀に微笑みながら、手渡したグラスにワインを注いだ。
お互い、感情を探り合ってここまできたのだ。今更言葉遊びで本当に機嫌を損ねる関係ではないのだが、時折驚くほど子供のころの仕種を思い出させる恋人。
お互いに大人になりきれていないのは勿論自覚しているが、あがきもせずただあるがままに生きている雲雀は、急くばかりの綱吉にとっては少し羨ましくもある。
そして、そんな仕種は自分以外にはめったに人に見せないのだと知っているからそこの、くすぐったい優越感。

指紋ひとつついていない磨き上げられたグラスを揺らして、雲雀が目を細める。
シャンデリアの輝きを透かす色は、美しいバラ色。


「ロゼか…めずらしいね」

どちらかというと白を好む綱吉。
そして、彼が饗する洋酒にしか口をつけない雲雀もまた、赤よりは白を好んだ。
だから今日のチョイスは、少し珍しいといえる。

「先代のワイナリーの新物ですよ。今年は満足な出来だそうなので、もったいないですが新しいうちに1本開けてみようかとおもいまして」

熟成のあまい若いワイン。
若いぶん深みはないにしても香りも、味も、余韻もいい。
もう少し寝かせれば、申し分もなくなるだろう。十分に、最高ランクのDOCGを狙える出来。
引退後の道楽のひとつではあるが、あの老人はその幅広い趣味のひとつとして手を抜かない。引退後に本腰を入れて本人自身が手を掛け出したことではあるが、ビジネスとしてもいい線なのだそうだ。
利潤目的ではないので、あまり本数を作っていないぶんひそかに市場価値がついているのだという話だ。そもそも、ビジネスにするつもりもなかったらしいが近所に配り歩いた結果だとかぼやいていたか。
余命幾ばくもないような話で、後継を決めたくせにずいぶんと元気な老人である。


「で、話は戻りますけどね」
「しつこいね。何の問題も出てないじゃない」
「いえ。それはいいんですよ、あの後祝賀とか何を祝うのか解りませんけど、XANXUSが盛大に飲み会やったじゃないですか。その昔何かあったらしいんですけど、自分の手でボコにしたかったらしいんですけどね、ほんとは!」
「そのことね」
「あいつが珍しく他人に酒注いだんですから、一口くらい口つけてやってくださいよ…」
「いやだ」

てめえ、自分の守護者の教育くらいちゃんとしやがれ、と殴りこんできたあのボスザルをそれ以上刺激しないようにお帰りいただくのはさすがに骨が折れた。
獄寺を人身御供に、飲みなおしに行かせる事で追い返したがいい加減疲れた。
教育?
余計なお世話だ、そんなことができるなら守護者どころか暗殺部隊も全て躾し直している。

「ポリフェノール中毒で摂取したら死ぬとでも言っておけば?」
「無理です。あなた、俺のチョコレート執務室でよく、くすねてるじゃないですか!」

そんな話しようものなら、身の毛もよだつような量のワインやらチョコが送られてくるに決まっている。
住所不定の雲雀だ、必然的にボンゴレ経由になる事など明らかである。

「君も大変だね」

誰のせいだというのだ?
雲雀は絶対に基本スタンスは変えない。絶対に
公ではあまり酒は口にしないのだ。洋酒は飲まないと公言している。
こんな世界に身をおきながら、よくそれでやっていけるものだと思うが、実力は皆が知るところなので舐められることもない。あったとしても、そんな物を知らない哀れな人間は次の日無事には朝日が拝めない。
気の利く者が居るときは、日本酒も用意されるが雰囲気がどうこうでそれもまた渋る。そんな機会もあることはあるのだから、酒も飲めない小僧だと侮られることもない。
アルコール自体には、ザルなのだ。飲み比べでもしようものなら、向こうが醜態を晒すまでつぶされる。

やりたい放題だ。


「味もね、大事だけれど。情緒も必要だよ」

すっかり畳んだ新聞を放る。
ボトルとグラスを手に持つと、綱吉が軽い物書き用においている円卓から、くつろげる様にソファに移動した。
本格的に綱吉に付き合うつもりらしい。

「来月には都合つけて例の施設を見に日本に行こうと思います。その時は恭弥さんが美味しいの用意しておいてくださいね」

チーズや生ハム、その他肴を載せた皿をローテーブルに置くと綱吉も腰をおろす。
「気が向いたらね」とそっけない言葉にさえ笑みを深くして、そっと雲雀のグラスに自分のグラスを傾けて澄んだガラスの音を響かせた。





「ねえ、カーテン開けてごらんよ」

そういわれて、テラスへと繋がったガラスの扉、厚いベルベットのカーテンを引いた。
思ったよりも外は明るい。

―――――満月だ。


ふっと、突然辺りの色が消える。雲雀が照明を落としたのだ。
たしかに必要もない。
人工の灯りは、冴えた白い月光殺す。




空気が変わったのを感じた。
ふっと場を満たすのは、透明な、するりと滑り込む月光のようなもの。
きんと張ってはいるけれど、触れれば手を切ることも、それ自身がぷつりと音を立てることもない、奏でる音の甘美な音は二人だけが知っている。
雲雀が動いた気配がする。
しかたがない、どうせすぐにまた旅立つ人なのだ。久々の逢瀬くらい満喫させてもらおう、こんなときに明日の予定を反芻するのは無粋のきわみだ。
カーテンに手を掛けたまま、外に目をやったまま、綱吉はゆっくりと瞳を閉じた。
綱吉の返答は、雲雀のお気に召したらしい。ふっと首筋にかかる吐息にいっそう深くなる笑みが止められない。

「ちゃんと一瓶あけてくださいね」
「後でね」

しょうがないですねえ、と答えながらするりとネクタイに手を掛けると雲雀がふっと笑った。
湖面広がる波紋のように、静かに解けてゆく。
その薔薇色の最上の一滴を受け取りながら、それだけで満たされる己を笑って、やわらかなぬくもりにそっと添った。


アニメの、「恭さんは洋酒は飲まない」のくだりから。
綱吉注いだ酒だけ飲んでればいいと夢見みました…。