やがて咲く 恋つぼみ





「何してるの?」


ぼんやりと屋上の柵に寄りかかって空を眺めていたら、不意に遮られた。
ふっと落ちた影。次に見えたのはさらりと流れた髪、肩で揺れた学ラン、そして瞳。
ぴしっとプレスの掛かったワイシャツの白と黒のコントラスト。
本当に、この人は目を引く人だとぼんやりした頭で思った。

「ねえ、聞こえてないわけ?」

組んだ手を解いていつの間にか、銀色に光を放つ得物を雲雀が取り出したところで綱吉は、どうにか現状を把握した。


「――――っちょ、ひょひひひひひひひひひばりさん」

反射的に正座して額をコンクリートの床に摩り付けようとする綱吉を尻目に、雲雀は「なにそれ?
聞いた事無い名前だね」なんて無表情に零しながら、構えだけは解いた。
手にはまだトンファーが握られているけれど。

「で、何してるのさ?サボリだったら許さないよ」

ああ、頬に触れるコンクリートの床の冷たさが気持ちいいなぁ、なんて意識をとばしかけていた綱吉に雲雀が問うた。
時間は、3限の真っ最中である。
そんな時間に一生徒が屋上にいるのだから、そりゃ規律と風紀を重んじる彼としては捨て置けないだろう。
彼だって、ここの生徒だろうなんてそんな突っ込みは入れない。
入れてはいけない。
彼が、この学校の、並盛全体の秩序なのだ。
問答無用で制裁を加えられなかっただけましだろう。
脅迫まがいだが、一応理由を問うてくれるのだ、思ったほど無茶苦茶理不尽な事はしない人だと、思う
………や、世間一般レベルよりも底上げした考え方で、だが。
大体、今の体制からして充分理不尽なはずだ。
正座の体制で前に倒れこんで上半身床にべったりとくっつけたまま、顔だけで雲雀を見上げる綱吉と
それを屈んで所謂ヤンキー座りで見下ろす雲雀。
絵的にも問題だろう。
誰かに見つかったとして、きっと誰も何も言わないだろうけれど。
だって相手が、雲雀恭弥だ。





「ちょっと気分悪かったんですが、保健室鍵掛かってたので」

教室で、ぼやーっとしていたら「顔色悪いよ、大丈夫?」と声を掛けてくれたのは京子だった。
初恋、だと思う。
可愛くて、でもそんなこと鼻にかけない誰にでも優しい子。
何時からだろう、ちゃんと彼女の顔を見て話せるようになったのは。
同じくらいに、視線で追う事がなくなったと


気付いた。


ああ、そっか。
初恋ってこんなものなんだな、とそう妙に冷静に自己分析までした。

追い出されるように教室から出されて、「一人で保健室行ける?」とまで聞いてくれた彼女と
いつの間にか周りに来ていた山本と獄寺をそれくらい一人でいいからと振り切って、そして屋上に落ち着いた。


「…ふぅん」


相変わらず表情も変えずに発せられた声。
あ。
少しだけ、眉間に皺が寄った。



―――もうひとつ、ほんとうは気付いている事がある



「ほんとに、顔色悪いね。こんな所にいてよくなる訳ないでしょ」
「風が、気持ちよかったので。それに、風邪こじらせて入院するような人に言われたくありません」

ああ、また少し眉間の皺が深くなった。
群れは嫌いだけど、一対一だったらちゃんと話してくれる。
この程度の意趣返しなら許してくれる。
夕暮れの校舎、追試の後一人で歩いている時捕まったこの風紀委員長にそんな発見をしたのはもう随分前のような気がする。

すっと―――
ほんとうに自然に伸ばされた手。
身構えるより早く、前髪を払いのけたかと思うと額に当てられて、そのまま首から顎のラインに添えられる。
指の長い、骨ばった、少年の手。
当てられた部分から、じんわりとほっとするような冷たさが広がった。
雲雀の、手だ。



―――――――駄目だな、ほんっとに俺


その手を頬に感じながらそっと目を伏せた。

「熱あるね。保健室開けてあげてもいいけど、熱上がらないうちに今日は帰りなよ」

ちょいちょい、と指先で前髪を直してくれる雲雀の声をどこか遠くで聞いた気がした。
少し、少しだけ語尾が柔らかい。




「ねえ、ヒバリさん?」
「何?」
「俺、ほんとに、ダメ…ですね」

重い頭を持ち上げて、のろのろと立ち上がりながら自嘲気味に零した。
何言ってるの、話の脈絡が無さ過ぎるよと返した雲雀の顔は見れなかった。






初恋は、実らない。
よく聞く話だけれど、2度目も希望の一欠けすらないなんて
自分のダメっぷりにいっそ笑えてしまう。




気付いてるんだ。


切ない予感に

今はまだ、暖かくてやわらかいこの想いを
ずっと引きずっていかなくちゃいけない事に。



書き始めた段階では甘かったです。
甘いはずでした。 Prz