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One Love



逢いたい、と思わない日が無い・・・・・などと言えばもしかしたら嘘になるかもしれない。

あらゆる事に追われてただ息をする事にすら必死になる毎日は、10年と数年前に比べて余裕ができたかと問わ れれば頷くが、しかし月日が経てば経つほどに好むと好まざるとも負うものの大きさを日々知ってゆく。
これからだって、それは変わらないだろうし結局ボスだなどと崇められてはいてもいつまでたっても、中身はそのままなんじゃないのかと思う事もある。
作り笑いは上手くなったし、感情を隠す事もここ最近失敗した覚えもない。
リボーンの小言や嫌味を流したり、時々噛みついたりもする様になった。
いつの間にか養われた他人を見る目。どうせ、また超直感だなどと個人の努力の外の話になるので、これは置いておく。
他人を使う事は、たぶん一番最初に覚えた。
大衆の為に少数の犠牲を是とする事も。いつだったか人を見捨てる事が出来ないようなボスだから、自分の周りに仲間は集ったのだと黒衣の死神を取る子供が言った。
けれど、対極を見据えず組織に不利益を齎す役立たずなボスなど不要だし、無能の烙印を押されればすぐにこの座を追われる。
家庭教師が言った事は正論ですら無かった。
結局子供だったのだ、そう言う事は自分で学び取って折り合いを付けるしかない。
立場が惜しいわけではないけれど、今の綱吉にはまだ必要だった。
獄寺のあしらい方は既に完璧だし、底が見えない山本に対しては心配しているし、了平の裏の無さには救われるし、クロームの気遣いにも癒されてはいるが、骸のくだらないお遊びに付き合ってやる優しさだって持っている。そんな中でふらりと来てお茶を啜ったかと思うと神経をチリリと焼いて帰ってゆくのが、雲雀。

・・・・・なんだろう、凄くダークサイドに俺落ちたんだな。


努力とか、日々コツコツとかそんなものでは無くて、毎日を必死にこなしているうちに今に至っている。
お前は実践成長型だったと、カラカラ哂う家庭教師は既に『元』家庭教師であって常に傍にあるわけではない。
おそらく皆そうなのだ。
満たされているだけでは耐えられないものを抱えて、少しずつ成長してゆく。

割りきれなかった思いも、哀しみも、多分そこには喜びも、願いも――
全てが詰まっている。

重過ぎるそれらに押しつぶされず、薄い硝子に熱湯を流し込むような時ですら、ひび割れることなく砕け散ることなく、透過してゆく術を身につける事ができた事こそ綱吉の資質だったのだけれど。

彼がその事に気付くのは、もっとずっと何十年も先。

生きているだけで必死で、そして立ち止まれば押しつぶされてしまいそうで、溺れてしまいそうで。実はそんな事を思う余裕も無かったのだと、今なら格好付けずに言えた。
異国の地でやるべき事は膨大で、自分のやりたい事を見失わないように必死になっているだけでいつの間にか歳だけを喰っている、と溜息をつくのはいつだって独りの時。
広い自室で月もない空を見上げながら。
取り残されたように書類を繰る手を止めた時。
白く溶けてゆきそうな浴室で、ぼんやりと大理石の天井を見上げた時。
ふとそんな郷愁に近い感情を抱いたら細い糸を手繰る様に行き着く思考の終着。
あの人が故郷だだんて、そんな恥ずかしい事言えるはずもないし、まさか思ってもいないはずなのだが・・・・

仕方がない。
生まれ育ったあの町と彼は、切ったって切れやしない。
帰りたいと思った事はない。
無い筈だけれど、逢いたいと考えるよりは幾分かましな気はした。
呼び起こす感情の中彼は、自分の中で最も目を背けたいものの具現だと、想いに気付いた時から知っている。
みっとも無くも幼稚で、傲慢さをいくつも孕んだ醜悪さで、プライドもなにも有ったものではないけれども、我が身を切り付けるようにひたむきで純粋。

眼を閉じて呼吸をする。
本当は、そんな事は必要もない。意識さえしてしまえば、どんなに絡まった思考の中でも手繰る事が本当は可能だから。
細く細くそれはきっと透明で、普段は目にも見えない様な透明なくせに、時折ハッとするほどキラキラと輝いて見える糸がある。
そして、質の悪い事にしなやかなくせに、とてつもなく頑丈で、切れる事がない。
どんなに絡まって見えていても、少したぐればたわんだ糸の先はまっすぐに繋がっている。

本当に、なんて忌々しいのだろう。


これは、満たされない思慕の情だ―――。





暗闇の中ほぅと息を吐けばどこか甘い様な色が乗る。
夢心地に、ぼんやりとした意識が僅かに戻っては来たけれど、それでも完全には思考に掛った薄靄の様なものは晴れなかった。
片手でシーツを探ったけれど、眠る前に手近に置いたはずの携帯は今手の届く範囲にはなかった。その記憶すら覚束ないのだから、執務室かリビングに置き去りにしてきたのかもしれない。
とにかく、自力で部屋に戻ってきた辺りから記憶がとんでいた。
瑣末な事は覚えちゃいない。
仕方がない。
仕方がないと思わないとやってられない。ここ数日忙しくしていたせいでソファで仮眠が取れれば良い方。太陽が3度ほど沈んだところで、寝室に戻れない夜を数えるのもやめてしまった。
疲れてるとか、寝てないとか、忙しい自慢は日本のサラリーマンの悪いくせで、自己管理能力を疑われるらしいけれど真実まったく休憩の一つももぎ取れないこの職場状況を誰かどうにかしてほしい。
まさか倒れる訳にも行かず、なんとかプツンと何かが切れる前にかたが付いた事も、確かな記憶としてある。
いくら疲れていたと言ってもまだどうにか二十代、そこまで落ちちゃいない。
そのはずだ、が。


「―――なんで、いるんです?」

身体が重い。
疲れているからだとか、体調が悪いからだとか、そうでは無くて。

昨夜は、寝室まで行くのも億劫で暑いシャワーを浴びてからリビングのカウチでに横になりそのまま眠った記憶はある。覚 えている。
けれど、今肌に触れる手触りのよいリネンはなんだろう。
背に感じる心地よい重さは何だろう。
腰に絡む腕の強さは、何なのだろうか。
寝返りをうって振り向こうとしても、身をよじることもできなかった。ただ、ほのかに馨ったと錯覚したのは沈香、上質な伽羅。
決して、彼が日頃好んで纏っている訳ではない。そっと寄り添った時、ダークスーツから微かに馨る香りを知っている。それはベルガモットからラストに掛けてサンダルウッド、ムスクへと変わるのだ。
彼には良く似合っていて、少しだけ羨ましくて、けれど同じものを付けても彼の香りにはならない。
よく、知っているはずなのに。
けれど、慣れたものよりも今は遥かに遠く微かな記憶が揺さぶられた。
ダークスーツよりも、普段屋敷で寛ぐ時彼は和装だ。まっすぐな背中には、良く黒の紬が似合っていて、襟から僅かに除く白い首筋と、朱の単衣が強烈な記憶として焼きついてる。
今そうやって告げている感覚が、いったいなにから来ているのか綱吉には解らない。けれど今は何も繕わず偽りの仮面を付ける事もせず、只の自分として居て良いのだと告げられている気がした。


「君の、ボロボロの顔を見てやろうかと思って」
「・・・・・酷いなあ」

くすくすと乾いた音が肌を通して伝わる。
寝起きの喉は上手く言葉を発する事が出来ず、掠れた声が囁くように漏れた。
綱吉が自室で寝入った頃にやって来た訳では、無いだろう。
今日、たぶんもう昨日になっているが昼過ぎの会議が終わってから綱吉に回ってくる書類と資料データが、企業グループのものだけになっていた。
ボンゴレが内々で処理する筈のものもまだ相当残っていたはずなのに。普段なら気付いただろうが、相当思考能力が鈍っていたのだろうか。
聞いてみたい気はしたけれど、機嫌を損ねるだけなのは解っていた。

「恭弥さん・・」
「・・・・・・・・ん」
「疲れてますね、眠いんですか?」
「面倒な事が、多すぎてね」

でも、君ほどじゃない。

苦笑しか返せなかった。
雲雀もいつの間にか案外不自由な空を飛んでいるのかと思うと、おかしくて、そして少し寂しかった。
だれも、優しいだけの心のままではいられないし、自由な少年のままいる事も出来はしない。そんな事では何一つ、大切なものを護る事が出来ないと知ってしまった。
面倒な事が多い。
考えればいろいろと雑多な何かが思いつく言葉だともおもう。
自分たちの関係それだって、案外その一言だけで片付けられてしまえるのだし。

「そう、ですね・・・・」
「そうだよ」

意外なほど優しい声を出すものだから、堪らない。
囁く声を更にワントーン落とすと、微かに空気が動く気配しか感じられない。
それでも伝わるのは、しっかりと抱きこまれているからだ。先ほどから、否、何時だってこの腕は少しも緩んだことなんか無い。
確かめるように、自分の腰の辺りで組まれた雲雀の腕を探る。手触りだけで、スーツのワイシャツのままだと知って、少しだけ申し訳無さとくすぐったさが募った。
雲雀は、こうして時折やってくる。猫の様に気まぐれ、と人は言うけれど綱吉には何処となく違う気もしていた。
どうにか伸びあがって、顔が見たいと身を捩っても逸らした首筋から顎のラインを柔らかいぬくもりが撫でて、湿った吐息にぞくりとする。
キスは、どうせなら唇が良いのに?
さらさらの髪がくすぐったくて、結局大人しく後ろから抱えられたままになった。わかりました、と手の功を撫でて伝える。
こんな風に、雲雀が顔を見せたがらない・・・・綱吉の顔を見たがらない時がある。
そう言う時ほど、お互いの表情に自分がどんな顔をしているのか見つけてしまって、面映い。
今更十代の子供でもないと言うのに。
嬉しくてたまらないなんて顔、やっぱり少し恥ずかしい。



逢いたいと、思ってもらえる事が嬉しい。

故郷は、遠い。
相当な事が無い限り理由ひとつ見つけられない綱吉に代わって、いつの間にか居てくれる事がどんなに綱吉を安心させるか。
何もボンゴレに用事も無く立ち寄るような人では無いけれど、綱吉の事については上手く立ち回る小狡さが雲雀にはある。そうやって、やって来ては会いに来ない恋人を詰る物言いなんてものも覚えてくるものだから、腹が立つより羨ましくて仕方がない。
組織のトップなんて、不自由な身の上だ。
じゃあ、辞めたらいいなんて軽く言ってくれる人だから迂闊な事も言えない。他人の複雑怪奇な心情と身の上をこの上もなく、たぶん一番理解しているくせに。
そんな面倒な人間を恋人に選んだ責任は自分でも負ったらいいじゃないか!
逆切れと言うやつだろうか?


「それでも、たぶん・・・・・・」
「・・・・はい?」


―――恋をしているんだよ



謳う様だ。
綱吉に聞かせるための言葉では無いのだろう。
これほどに感情を揺さぶられる言葉は無い告白だった筈なのに、意外にも静かに落ちて理解するより早く音も無く溶け込んでゆく。

飾りなど何もない、けれどそれだけで美しい言葉だと思った。


恋をしている。


ただそれだけで、今こうやってお互いの温もりを分け合って顔も見れないくらいに幸福に酔っている。
はしゃいでしまいそうな心を、疲労にかこつけて抑え込んでいる。
みっともない自分を隠して、けれでも、何処かで受け入れてほしいと叶えられる事を承知で甘えられる、許される。
天然というのは、これなのだろうか?
どうしても勝てる気がしない。それでも、気分はとても良いから構わないけれど。
何時の間には、完全に眼は覚めていた。

「ねえ、恭弥さん。今回はいつまでいられるんですか?」
「こちらでの明後日の会談が終わるまでは」
「明日、俺午後まで休んでて良いそうですよ?」
「知ってる」

堪らなくなって、また身体を捩ると今度はなんの抵抗も無く腕を抜けられた。
身体を反転させたその反動で、組み敷く様に乗り上げると漸く雲雀の顔が見れる。
眼の下の、隠せない疲労が滲む薄い皮膚をそっとなぞって笑う。

「酷い顔、してますね。やっぱりこのまま寝てしまいましょうか?」
「そうだね、明日は昼まで寝てて良いらしいからね」

首に腕を回して、今度は綱吉が雲雀の頭を抱きこんで、久しぶりのサラサラと頬を撫でる艶やかな髪の感触を存分に楽しむ。首筋に唇を寄せるとチュッと思いの外可愛らしいリップノイズが響いて、今更照れくさい。
それを隠したくて気遣わしげな言葉の割に、わざと挑戦的な物言い。
されるがまま、綱吉のしたいようにさせていた雲雀が、綱吉の腰にまた腕を回すまでそう時間はかからない。
シャツの裾から素肌に指先はなかなか忍びこんで来なかった。
焦らされているのでは無い、むしろ余裕が無いのだ。

―――― 恋を している

今更に、じんわりとくる言葉がくすぐったくてそして嬉しかった。
『逢いたい』
簡単な言葉ひとつ言えない、意地を張ったり、バカバカしいプライドで我慢したりするくせに、他の誰にも見せない顔で、恥ずかし気も無く甘え合う。
自然に、ふッと吐息が甘く甘く漏れる。


「ねえ、恭弥さん………しょうがないですよね、だって―――」
「――煩い……」

あっと言う間に体制を入れ変えられて、視界は反転。
両の腕と、シーツの間に閉じ込められて見下ろされている。綱吉はこの体制が、案外嫌いでは無いのだ。
ここからは、雲雀の表情が良く見えて大変満足だから。
きっとお互いさまなのだろうけれど。

両頬に指を添えて誘う様に促すまでもなく、今度はちゃんと唇を重ねてくれる。



嗚呼、今。


今 こんなに 恋をしている。










所謂ピロートークというやつ