【標的227のネタばれを含みます】
「…雲雀さん、今のうちに傷見せてください」
「もう傷なんてないよ」
10年後の世界など、そんな非常識な事を突然言われても,、わりとあっさりといろんな事を納得してしまった雲雀は、詳しい話を草壁から聞いていた。
信じる信じないはともかくとしても、雲雀が心から闘ってみたいと思う人間が…食えない赤ん坊だったとか、人間が空を飛んだり、炎を出したり、箱から動物が出たり。そして、何よりこの子供は小市民というには雲雀をして常識を逸していると言わしめる。
本人は、きっと自分ではなく周りがおかしいのだというのだろうけれど。
「大きな傷は治してもらったとおもいますけど、まだ切り傷とかあるでしょう?」
「……わかったよ」
草壁は綱吉がこちらに来たのと入れ違いに、入江正一の話を聞いてきますと、一礼して歩いて行った。
擦れ違いざまに「それじゃあ、沢田さん。よろしくおねがいします」と声を掛ける。子供は脅えるどころかどこか柔らかい顔をして頷いて見せた。
草壁は、その外見に反して老若男女問わずそういう対応を見せるが、沢田綱吉が並盛中学風紀委員副委員長の草壁に見せる表情に少なからず驚いた。
雲雀が知る限りでは、それほど接点がない、それどころか風紀委員というだけで恐怖の対象ではなかっただろうか。
状況説明と、口ぶりからすると10年経っても草壁は雲雀の傍らに控えている事は確かなようなのだ。
中学生の雲雀が知らない時間が、彼の預かり知らないところで流れていたことは、わかった。
最近登校していな行方不明な面子に、この子供絡みだろうと思ってはいた。
思ってはいたが、それこそ例のマフィアの継承条件だか、なんだか知らないが雲雀を巻き込んで、雲雀が何よりも大切にする学校の至るところを破壊したあの連戦のあとだ。
ほとんど日も挟まないうちに、また厄介事を持ち込んでくれたのではないかと思う一方。
強い相手と戦えるのならば、雲雀にとっては好都合だと言えなくもない。
あの赤ん坊が現れた時、勿論雲雀は彼の事を調べた。
並盛町内なら、彼が望んで手にできない情報はなかった。
赤ん坊の執着する沢田綱吉から小手調べに、と手を出して彼の父方の何代か前が日本人でないことはすぐに割れた。隠されていたことでもなかった。
けれど、それ以降の情報は煙に巻かれたように、目ぼしいものは上がってこなかった。
ただ掴めたのはその後、コンスタントにではないが、直系が何代に一人は何かしらの理由で渡欧している事。彼の血族は、今は沢田綱吉とその父だけであること。
―――答えは簡単だ。血縁が散ることを懸念した結果だろう。
その程度の仮定なら立てられる。逆を言えば、この程度しか分からなかった。
自分の使えるコネクションはすべて使った結果で、だ。
いや、結果。とまで言えない、それは完遂されるよりも先にこれ以上の詮索を禁じられたからだ。
けれど、それだけで十分だった。ほんらい、一個人の情報漏洩を雲雀本家が恐れる理由など何もない。
あちらが何を知っているのか、何も知らないのか、その圧力にはまだ裏がいるのか、そんな事はどうでもいい。
雲雀の家は、日本社会の裏や上層部では随分とよく通っている。雲雀がすべてそれを使えるわけでは勿論ないし、彼の本家での立場もそう安寧としていられるものでもない。
だから、彼は力を求めたし、まだ十代半ばで権力もある程度はもった。甘んじて現状を享受する趣味は雲雀恭弥にはない。
けれどそれは、そんな自負は簡単に打ち砕かれた。
雲雀が手にするリング。
鈍く銀に光を弾く、今はまだ彼の手には大きなそれを見るともなく見た。
金属ではあるものの、彼が知るどの物質でもない気がしたそれは、ヨーロッパ最大のイタリアンマフィアの至宝であるという。
納得はするものの、驚きはしない。
けれど計り知れないその価値にも、あまり興味はない。
ただ、また雲雀は心躍る敵と戦えるならそれでよかった。よかったはずだ。
なのに、そのために持っておかなくてはいけないものの、なんと多いことなのだろう。
日々、登校してこなくなる面子。聞き流すこともできないほど喧しく炎がどうのと喚く、自称雲雀の家庭教師。
何かが起こっている事は確かであるのに、すぐにそれは雲雀自身にも及ぶと思っていたのに、今回は一向に何の動きもないことをいぶかしんだ。
否、むしろその日常に苛立った。
その心情すら、以前の雲雀なら起こりうるはずもないと、彼は理解していない。
「あの……すいませんでした」
赤黒い染みが点々とついた白いシャツの袖を捲って、小さな切り傷に消毒液をしみ込ませた綿を当てる。
じんわりと細く皮膚を裂いた傷に染みる消毒液に目を細める。流石に肩に人間を背負って増殖する雲ハリネズミを交わしきることはできず、その棘が白い皮膚に紅く線を引いていた。
そのひとつひとつを消毒してゆく。
常ならばこの程度の傷の処置など気にも留めないが、今は何も言わずされるままに腕を差し出す。
「………何?」
座った雲雀の足もとに膝をついている綱吉の口元が、ふと緩んだことを雲雀は見逃さなかった。
「えっ?あ、ああああああすいません、別に別に何か失礼な事を考えていたとかそんなことでは…―――っいったぁ!!!」
「うるさいよ」
慌てふためく頭をスパンッといい音を響かせてはたくと、幾分冷静になった綱吉は大きく息をつく。
雑然とした入江の研究室はみな各々状況把握に…一部物珍しさに遊びまわるのに、そしてそれを窘める事が…必死で、今のところ他の誰かがこちらに来るということはなさそうだった。今この場で身内で乱闘など溜まったものではない。
そしてトンファーでなくてよかった、平手でよかったと、口に出せば確実に次は無機物で殴られる事を思いつつ頭をさする。
「何?得物でやってあげたほうがよかったの?」
彼も読心でもできるのだろうかと思いつつ滅相もないと首をぶんぶん振りまわす。
で?と促す雲雀に、逃げられそうにもないので白状することにした。
「いえ…ただ、ヒバリさんは、ヒバリさんなんだな……て思って」
あはは。
そうですよね?本人なんですもんね?と口にした後、照れ隠しの様に頬をかきながら笑う。
「……10年経ってもなんの成長もしてない、と?」
「え、ええええええ?いや、いやいやいやいやトンファーはやめてください違いますそうじゃありません」
物騒なところは根本的には変わらないけども…、と思いつつ今よりも言葉を探して眼を泳がせる。
身体的な成長はもちろんだった、けれどどことなく雰囲気が変わった、剥き出しの感情をセーブして、今よりもさらに飄々とすり抜けてゆく人だと思った。
今思えば、破格の便宜を図ってくれたのだと思う。綱吉に対して、無言で差し出してくれた気遣いも。
きゅっと、拳を握り締める。
雲雀の視線が注がれていることも、知らずに。
「えっと、今よりも大人びて美人でしたよ!」
「・・・・・・・・・・は?」
「今よりももっと綺麗でしたよ!」
それじゃ、消毒最後までしますね。絆創膏どうしましょうか?などとまた手を動かし始める。
そもそもが虐められっこ、それはもうカモられ人生、生傷の絶えなかったらしい彼は傷の手当はうまい。
――それか?考え込んでそんな事なのか?
半ば呆然と柔らかい髪を見下ろす。
自分の美醜に対して何の興味もないが、悪い気がしなかった自分にも大層驚く。
後から思い返すなら、もうこの時点で、否、とっくの昔取り返しのつかない所に転がり落ちているのである。不意打ちのボディーブローはじんわりと効いてくる。
バツが悪くて、頬に熱が上がってくるのを感じながら視線を騒がしい方へ投げた。
「―――ねえ、君はどう思う?」
暫く無言で、処置を終えて薬瓶に蓋をして救急箱を閉めて時雲雀が口を開いた。
彼の視線の先で、手当を終えて寝かされている山本、その周りを走りまわるランボを獄寺が追い掛けていた。クロームは真っ青な顔でフクロウを抱えていた、イーピンはそんな彼女に寄り添っている。
草壁、リボーン、笹川了平そして入江は4人で話し込んでいる。怪我人も多い、戦力外通告せざるを得ない者もいる。事態は逼迫している。
群れを、噛み殺したい、といった意味ではないようだ。
「タイムトラベルのこと、でしょうか?」
「それは、もういいよ……僕と君と、あの彼が仕組んだって筋書きだよ」
そもそもそれも、敵にばれていたのだが。
お互い、どこまで計算に入れて、そしてどこまでが想定外か。今となっては、もう綱吉も雲雀もわからない。
入江がすべてを語ったと信じきることは危険だろうし、綱吉と雲雀がさらに何か布石を置いていたのか、もしくは三者三様に含むものをもっていたのか。
「身体能力のピークは、一般的には20代半ばだと言うよ」
「………」
リングが無いから敵に対抗できないと言うのなら、それだけを呼び寄せればいい。その技術力が、術が無いとは言わせない。この時代では彼、沢田綱吉のみが身につけることができるというその大空のリングの絡みだったとしても、この計画に彼本人が噛んでいた時点で、彼の訃報事態が予定調和であると否定しきれないだろう。この釈然としない中、戦えというのだ。それも命を賭けて。
まだ、以前のリング争奪戦のほうが解り易くていい。
強い相手と戦えればそれでいいが、しかし他人の手の上で踊らされるそれが面白いはずがない。
わざわざ過去の自分たちを未来に連れてくる意味とは何だろう。
伸び盛りの可能性に掛ける、そんな博打を打つよりもその方がミッション達成の可能性は上がるのではないか。ここにきて彼、沢田綱吉の能力も飛躍的に上がった。皆それぞれに何らかのスキルを身に付けてきたのだろう。
こと、匣の扱いに関して言うのなら雲雀は自分の未熟さを自覚している。
炎の密度、硬度、そして出力、あれは身体で覚えるたぐいのものだ。10年も未来の自分ならばもっと的確に使いこなしただろう。
そう未来は、彼らの完成形なのだ。
「―――気に入らないな…」
そう思う。
その一言に、綱吉の甘い色の瞳が眇められた。
雲雀が気に入っている瞳に、また一つ光が燈る。視線の先、今の状況も理解せずに無邪気に走り回る子供がいた。
彼もまた思うところがある。
ホログラムなど興醒めもいいところな演出をして見せた敵の総大将が、彼を『未だ青い』と評したことについて反論はない。ついでに言うならば甘すぎる。
その言葉に綱吉が瞳を曇らせるのを雲雀は見ていた。そして、それをあの赤ん坊が目に留めたことも離れて見ていた雲雀にはわかった。
あらゆる状況を、不利であるならば不利であるなりに、最善で最高の利を得ようというその姿勢は、雲雀は嫌いではない。
彼のヒットマンはこの子供の教育者だ。
一流は一流なりに、歴代最高のボスとして養育することが彼のプライドだろう。彼自身が名を残すことが目的ではない、彼の教え子が未来永劫口伝されてゆくことこそが、彼の目的であり夢であり、至高。
これまで彼によって仕組まれてきたこと、その全てがそこに集約される。
目的のためには手段は選ばない。
犠牲も厭わない。
そこに他者の意志の介入など認められない。
当事者であろうとも。
常に冷静であり冷徹である。
その事に関して雲雀は何も悪いとは思わない。
この子供を強く、もっと強く育てるのだと云うのならむしろ大歓迎だ。
気に入らないのは、そんな事ではない。
「未来の精算を、何故僕たちがしなくてはいけないの?」
「……え?」
彼の視線が戻ってくる。
「そうでしょう?」
見開かれる瞳を横目に、先ほどあのいけすかない白い男が透ける体を浮かべていた空間に瞳を眇める。
過ちだった。
今、雲雀の手にあるリングがこの世界には存在しないのだという。
組織の秘宝であるそれを破棄したために、壊滅的な今の状況下に追い込まれたのだと、掻い摘んだ状況説明をされた。
それをそのままとるなら、リング破棄は過ちだったと、そういうことだ。
しかし、だ。
本音で言えばソレがどうした――である。
例えその責任をとって、未来の彼が首を差し出したとして。それこそ興醒めだった。
笑い話にもならない。
ただ雲雀がその気になった理由は、この場が並盛であったことと、不戦勝なのか不戦敗なのか例のあの校則違反眉毛と決着を付けていないという、その2点だけである。
最も、雲雀の行動理念なんてものは強い相手と戦いたいという物騒な性癖と、並盛への執着であるのだからその2点を満たしている時点で完璧なのだが……あの眉毛に関して言うならば、NGだ、校則違反云々以前にNGだった。一応の戦闘能力を見せつけられなければ戦いたいかと問われると、微妙だ。笹川了平とはまた別ベクトルで、萎える。
ともかく、この場に呼んだのが未来の自分だろうと、あの眼鏡の男だろうと、未来の目の前子どもであろうと、だ。
「今がどうにもならないなら過去から変えればいい、なんてムシのいい考え、僕は嫌いだ」
破棄を決めた人間は、一番先に戦線離脱――死んだ、というのだからいっそ笑う。
今となっては、その死亡説もどこまで信じられるのか……。
いや…、まだカードは出そろっていないけれど。
ゲームのテーブルについているのは、おそらくあの白い男と未来のこの子供。
そしてまだ、何か他者の思惑が絡んでいる。
けれど結局は、『大空』の名のもとに収束してゆく。
「……あの……」
何か言いかけて口をつぐみ下を向く子供の顔はどこか悲痛だ。
しかし、雲雀は手を差し伸べようとはしない。
どうせ、あの黒衣の赤ん坊の思惑もこの辺りなのだろうし、彼のやることを雲雀は邪魔しようとも思わない。
自分で越えられないなら、上に立つ者の資質をまず問う。
周りを信頼して、そして共にゆくと云う彼のスタンスもいいだろう。最近の雲雀は、多少考え方に変化が出てきた。
独り孤高にゆくことのみが強さではないのだと、認めてもいい。いいが、自分は生き方を変えるつもりがない。
しかし、彼が立つべき場所はそれだけで居られる場所ではないと、余人を入れてはいけない場所を作らなくてはいけないと、少なくとも雲雀は思っているし、彼の家庭教師も表面で何を言おうと異論はないはずだ。
雲雀は、沢田綱吉にまだ多くを望む。
他人に対してそんな事を求めたこともない雲雀には珍しい。
雲雀を振り回すのならそれ相応の強さを持ってもらわなければならない、戦闘能力以外の彼が瞳に宿すものもを、雲雀はとても好ましく思うのだ。
けれど群れに囲まれ、コロコロと表情を変える姿よりも、独り瞳を歪ませる姿をただ一人自分だけが見つけるとき、言いようもない感情が芽生えもする。
気づけば彼に視線を向けている。それに飽くことはない。
不快ではない、ないはずだけれど―――
彼への興味は、未だ尽きそうにない。
「だからって……まだ殆んどのカードが伏せられてる中では想像と、仮定でしかないけれどね。行こう、そろそろ動くらしい…」
「――――はい。」
立ち上がって、すれ違いざまに「君は、もう少し賢い選択をしなよ」と笑みを含んだ声を、綱吉は重く受け止めた。
少なくとも―――
少なくとも、彼の沢田綱吉よりも強いと示せるように今は、例の炎のコントロールをなんとかしなくてはならない。
未来の自分のものだという、匣を握り締める。
赤黒くこびりついたものは、きっと血液。
―――このままで済ませるはずがなかった。
「ヒバリさん…俺、強くなりますから」
呼びかける声に、振り返りはしなかった。
けれど、囁くような声は雲雀の耳に届いた―――。
ただ、最後の一言を除いて。
―――――――――――未来の、いつか俺たちが迎える未来の…アナタにも、認めてもらえるくらいには
雲雀の、未来の雲雀のこびり着いた血液をボックスから拭うこともなく握りしめていた雲雀。
綱吉だって、きっと応えてみせる。
時空を蹂躙して突きつけられた現実よりも、何よりも現実を見せる雲雀恭弥に。
隣で…、背を預けて戦えるくらいには。
本誌リスペクト的に。(笑)
標的227と228の間にこんな時間があるのかどうか。
………orz