気がつけばキャベツ畑




いえ、家庭の事情ですから





街の、駅にほど近いファーストフード店。
丁度学生の下校時間とも合わさって結構な込み具合を見せる店の片隅に、少年はいた。
濃く渋めの緑は、この街の中学ではなく隣町の黒曜のものだ。
彼の個性的な髪は、彼の深い苦悩とともにくったりとしなびているようだった。
トレイには、冷めきって油がてかるポテトと、氷の解けきったコーラ。
彼がここに居座って、それなりの時間が経とうとしていることを示しているが、ほぼ手が付けられた形跡がない。

彼は深い苦悩を抱えて、孤独な深層の海を独り漂っていた。

周りの喧騒は気にならない。
むしろ、このご時世中学生が完全に独りきりになれるところなど少ないのだから、他人に対して無関心な集団のなかの方がよほど独りの時間を得られると彼は思っている。
幸いにも、この街は彼が通っている学校の隣街とあって、彼の学友たちとも会う確率は低い。
自宅ではこんな姿を見せられない理由があった。

心配を掛けたくない人がいる。
これ以上の負担をかけたくない人がいる。
他の子どもと比べるなら、それはもう比べ物にならないほどに大人びた少年だ。

別にかわった教育をされたわけではないけれど、自分の思考が子供が持ちえないようなものだということに彼自身が気づくのにはそう時間はかからない。
義務教育という名の下集団の中に入れられた後、早くにそういった違いは他の子供たちとの間に顕著だった。
そういえば、三歳児検診の折だっただろうか。
平仮名カタカナどころか新聞までもすらりと読んだ彼を、随分と憐れんで見てきた医師はこんな小さな時から英才教育とは何を考えているのかと母を責めていたかな、と思いだした。
世間一般では3歳児は新聞を読んではいけないらしい。
さすがに、政治経済に興味もなく、三面記事をそれとなく読んでいた程度だったが。
もちろん、そのあとその医師はどこかの辺境に飛ばされたかそれとも……。ともかく、その一通りの経緯を父にもそれとなく報告しておいたら、もう彼の医師の姿を見ることがなくなったのは確かだ。
一言付け加えるまでもないが、それは息子に対する冒涜云々では当然なくて嫁への理不尽な(世間一般ではたぶんそうでもないのだろう)叱責にたいする報復である。

どうしょうもない大人である。

しかしだからと言って、父を反面教師にするでもなくそういう生き方っていいよね、なんて淡い憧れを抱きつつも、これといって悪ぶっていきってみるわけでもなく(だってそんな中途半端は教育的指導の名目のもとに阿鼻叫喚の一方的な粛清があることを息子は察していた)、そもそもリーゼントイコール不良の代名詞なんてとてつもなくナンセンスな時代錯誤であることを彼は知っていた。
反抗期は幼児期の夜泣きですべて消化してしまったような少年は、父の影がそれはもう幅を利かせる街ではなく隣町の学校を選んで進学したが、それは別に反抗というわけではなく、一部の近しい父の部下を除いた大人たちの媚を売る態度に辟易したためである。反抗するなら徹底的にこい、というのが父の教えだ。
そんなことをしようものなら命が危ういので、やらない。…不満もないし、自分がかわいい

「自分のシマくらい自分でまとめなよ」
ひとつ頷いただけの父に
「骸は早起きできるから大丈夫だね」
と子供の自主性を尊重した親。

学校のクラスにおいても信頼され、ご近所にはよくできた息子さんと評判だ。
家庭では父親のフォローを入れ、実はこっそりと母親よりも重い胃痛を患い、心のオアシスだと思っている妹の面倒を見て、ほおっておくにはくど過ぎるほどに何年経ってもベタベタと鬱陶し…仲の良い両親のストッパーをし(TPOって大事だ)、僕って苦労性ですよね!
なんて夜空のお星様に語りかけつつ、そんな自分が結構好きだったりする、客観的に見れば健気さというより哀れさにちょっと眼尻に涙を浮かべて微笑んでしまう少年だった。
平平凡凡…というには少し、多大にずれているかもしれない家庭だが、幸せに暮らしていた。

あの日まで。

骸は、あの日のことを思い出していた。
いくら大人びているといっても、まだまだ他の子どもと変わらない、中学生なのだ。少年………骸は、勿論自分の無力さを知った。
もう、何度目になるか分からない回想。
夏の終わりの、もうすぐ秋だというのにまだまだ残暑の厳しかったあの日。
学校から帰ると、妹と一緒に母に呼ばれた。
広間ではなく、両親の寝室続きのリヴィングは普段はあまり子どもたちは立ち入らない。
駄目だといわれているわけではなく、自主的に御遠慮しているのだった。その辺りは少年の幼いころの過失からいろいろ学習した……昼も夜もないのはちょっと自制したらいいと思うよ?もう少し大きくなったら言ってやろうと思っていた。
エアコンもつけず、丸く切り取られて青々とした緑が美しい、絵のような障子窓をバックに座っている母の前に座った。
いつもやわらかく笑っている人なのにと、おやと首を傾げる前に隣の妹と共に抱きしめられていた。

「かあさ…?」
「ごめんね。ごめんね……」
「……」

絞り出すような声は、確かに何かに耐えているような悲しげな声が今も耳に残って離れない。
そっと髪を撫でられて、そしてその日の夜母は消えた。




「あああああああああああああああああ!!」

頭を…頭についた某南国果物の房を抱えるようにして思い悩む。
傍から見るなら異様な光景だが本人にとっては問題は深刻だ。
家庭の事情だ、ほっといてください!と言われてもそんな異様な中学生にはいくら顔がよくてもお近づきになりたくない。
あの日から、少年の生活はがらりと変わった―――――わけではない。
いっそ変わってくれればよかった。
その方がストレスも貯まらなかっただろう。そうだ、この何も変わらなさに蓄積されてゆくストレスがもうほんとうにどうしようもない。
風呂にストレスに効くなんて書いてある入浴剤を山ほど突っ込んでも、アロマテラピーに走ってみてもいっこうに改善されない。
胃が痛い、きりきりしてくる。
母がいなくなった次の日の朝、朝食の出汁巻き卵をくるくると器用にフライパンの上で転がしながら

「暫く綱吉パートだから」

と訳の分からないことを口走った父親。

「うん。じゃあ、お昼は学食行くね」

こくりと頷き、昼の弁当の話に持っていった妹は天然っぷりはいつものことだ。
今日も財団の方に出勤なのだろう、白いワイシャツの上に黒いエプロンを掛け、妹のかわいらしいピンク色の小さな弁当箱に「今日はもう作ったから持っていってね」と言いながら何時にもまして凝った中身を詰めているその姿に骸は何も言えなかった。
うっすらとピンクに食紅で色づいたうずらの煮卵に、猫にする?ウサギにする?と問いながらマジパンだか蒲鉾だかで耳をカットしているその姿に何も言えなくなった。
耐えてはいたが、しかし確実に泣いていた母。
この場合は息子は父を責めなくてはならないのだろうか?世間一般的には
しかし、しかし何も事情を知らず、一方的にきっと一番傷を負っているだろう人を責められるほど、悲しいかな少年は子供ではなかった。

「ねえ、…ねえ!」
「――いっ…た」

ぱこん、とカマボコ板を投げつけられて我に帰る。

「君は?」
「はい?」
「だから、犬にする?クマにする?」
「………ハンプティダンプティで…」

もう、選択肢から選ばないひねくれ方は誰に似たんだかね、と言いながらぷりぷりしつつその日の弁当の卵はゴマの瞳がキュートなハンプティだった。



「…まさか…!!?」

記憶の中の両親の友人知人と紹介された面々を思い出していた。
いやいや、あの中にそんな甲斐性があっておまけに包容力もあって、ついでに財力まで有している人間はいない。全くいない。まあ、我が父より、と付けられないところが悲しいが。母に限ってみれば甲斐性も包容力も見せていると思う、財力は無駄にある。
父親よりもある部分常識を逸脱している面々を思い出す。母の好みの顔で絞るなら、NGだ。というよりもよくよく考えるなら、甲斐性と包容力なら誰より持っていたのは母本人だ。
考え付いた答えを否定する。しかけて…

「あ」

ふと気付く。
甲斐性、包容力、大人の分別、そして常識人としての理性と道徳と、穏やかな人柄。
候補が二人あがる………

「いや、やめましょう。それはありません、だって今日僕は朝おはようございますと挨拶したじゃないですか」

自分を落ちつけようと額を抑えた。
父親の迎えの車を運転していた人を思い出す。
出来すぎて涙の出そうな人なのだ。
しかし、かといってその可能性の薄さに気づく、そうであれば彼が今日の日無傷で、いやその生命があるはずもない。
もう一人の候補。
仕事関係の知人だという青年は、母の父つまり骸たちの祖父直属の部下で、何かおかしな日本語を話すが礼儀正しく、優しく笑う中世的な雰囲気を持つ青年だった。
彼か?
………いや、しかしそれはあまりにも、あまりにも……。

なんだか違う気がする。
すごく、違う気がする。
絵的にもどうなのそれって感じだ。流行りの(?)百合ってやつですか?

いやいや

いやいやいやいやいや――――



「…ああ。もう時間ですか」

出口のない思考にふけっているとどうしても時間が過ぎてしまう。こんな生活がもうずいぶん続いている。
携帯が、テーブルの上でがたがたと鳴った。開くと、また知らないアドレスからのメール。
最近ダイレクトメールや迷惑メールが多くて困る。こんな胃を痛めている時にまったくもって世の中はどうかしている。
ついでに時間を確認すれば、思ったよりも長居してしまっているらしい。
帰らねばならない。
結局手を付けることもなかったポテトとコーラの乗ったトレイを手にすると、骸は帰宅の途に就いた。

母がいなくなって、もう2か月がたとうとしている。














骸が帰宅すると、珍しいことに早く帰っていた父と妹がキッチンにいた。
いんげんの筋を取っている妹に、通販したらしい利尻昆布をチョキチョキとカットしている父。黄色い鳥が柔らかい布とクッションの詰まった籠の中でぬくぬくとしている。
幸せな図がそこに展開されている。

「おかえり」
「おかえりなさい」
『ヨクカエッタ』
「…ただいま、かえりました」


いつもと変わらない挨拶をして、着替えてきますといって自室にもどった。
そんな骸の後ろ姿を妹と父と一羽が見ていた。



「おにいちゃん、最近なんか、変」
「いつにも増してね」
「おかあさんがね、おにいちゃんからメール来ないって…」
「昨日電話で泣いてたね。まさか今更、反抗期もないよ」
「うん、アドレス変えたの、知らないのかな………って、でも聞けない」
「ほっときな。もうじき帰ってくるから」
「おかあさん、今回のお仕事、長いね」
「うん。これまで一週間そこそこが多かったものね」
「……あ、おにいちゃんがいる時にお仕事って初めて?」
「だっけ?骸の修学旅行に、林間学校に、スキー学校、でまた修学旅行?」

まあ、いいか。



天然で電波で世の中の全てに対してあまり関心のないような父子は、とりあえず夕飯の支度をはじめた。

「ねえ、おとうさん」
「?」

さやえんどうをじっと見つめて娘が問うのを父は聞いていた。

「おとうさんはお父さんで、おかあさんはお母さん?」

父は、この子にしては、決死のような顔をしているなと思いながら。
そうだよ、ともう中学に上がった娘に、小さな子供にするようにくしゃりと頭を撫でて、納得したように笑うのを見届けてから、ずっと煮込んでいた煮物の鍋を見に行った。






妹も少し考えていた。

じっと手の中のさやえんどうを見る。
メンデルの法則、というものがある。
自分の髪を見る、兄の髪を思い出す、胡瓜の飾り切りをしている父の髪をちらりと見る、黒色が優勢遺伝子だったとする。
血液型を思い出す…母以外全員謎だ……。
瞳の色を思い出す……みんなバラバラだ。
しかし、父は父だし母は母だというのならそうなのだろう。
それでいいのならいいと思う。
父、母、兄、妹…とあと鳥が二羽とハリネズミが一匹生態系のピラミッドを無視したヒエラルキーを形成した家庭だが、いいと思う。
めんでる……たとえ、その大前提が雌株と雄株の受粉だとしても。






父は観察していた。

ここ最近息子は面白い妄想に精を出しているらしいが、それが大人になることなんだと、世間一般の子供基準を知らない父は息子の苦悩を放置した。
まだまだ子供だと思う。
もっと悩むべきところがあるだろうに………。もう少し大人になってもらわないと、向こうに送り込めないじゃないかとこの父は血も涙ものないことを思っている。
そもそも、頭の回転は早いし、実戦でもそこそこ戦えるように育ててある。
送り出すことに多少のさみしさはあるが、締まりのない連中をシメに送り込むのならいいだろう。そう心配することでもないし、
自分と案外似たところと、綱吉に似たところとほどよく持っているため、本人も楽しいだろう。
しかし、イタリアにやるのはもうしばらく先だろう。

毎回毎回、呼び出されるたび今生の別れのような発ち方をする綱吉も綱吉だが。
退職したはずなのに、パートだとかこつけて呼びつける向こうはいったい何をしているのか。
いい加減しっかりしたらどうなのだろうか、あのボスザルは、といつも思う。
かといっても、パートタイマーとかアルバイトとか、それはマフィアのボスとしてどうなのだろう。
いや、今はこの事はいいだろう。



しかし、巷で女の子の方が精神的な成長が早いといわれているのは本当のようだ。
ぼんやりとしている娘だが、見ているところは見ているし、見えないことも察している。
俗っぽいことに対して耳年増過ぎる、よく言えば歳不相応にしっかりしていると言われる骸よりもよほど見るべきところと、押さえるべきところを押さえている。持前の素直さで、その疑問と悩みにもあっさりと納得してしまったのは、喜ばしいことなのだろう。…いや、もう少し考えるとこじゃないかい、と思いはするものの。

骸は、賢しい子ではあるが、そんなところはまだまだかわいいよねと思っている父。
さすがに今はないが、小学校に中学年くらいまでは雲雀とも、綱吉ともお風呂を一緒に入っていたはずである。
気付くことがあっていいはずだ。







父と母は、息子に『赤ちゃんはどこから来るの?(うち限定で)』と聞かれる日を心待ちにしている。







性別の概念とか
日本社会の法律とか
生命の営みと繁殖のあれとかそれとか
つまりは綱吉も♂だよ?