Hide and seek




さあ、俺を見つけてください





雲雀がボンゴレの屋敷に滞在して一週間。
たいして興味のない幹部会にも一応出席をして、自分が集めた情報を求められれば、対価によっては提供し、ポーカーフェイスを買われて商談を押し付けられたり、ボスの護衛についたり、そのボスのデスクワークを手伝わされたり、得意分野の破壊工作に、群れが居れば適当に噛み殺す。
普段からボンゴレを基点においていない雲雀も、雲の守護者という重要ポストの為にここにくればそれなりの仕事がある。
しかし、だからといってそんな雑務がやりたくて来ている訳ではない。



「恭弥さん、かくれんぼしましょーう!!否は聞きませーん、この鳥を返して欲しくば俺を見つけてくださーい」

派手な音と共に開けられたドアが一気に外気を運んできた。何百年と積み重ねられた空気が少し震える。
「探しましたよー!俺が見つけたので次はあなたが鬼です!」
と一方的に宣言して駆けて行くマフィアのボス。
『ヒバリータースケテー』と間の抜けた鳥の声が楽しげに余韻を残していった。
どうやら人質をとられたようだ。とられたからと言って、それで血相を変えるというわけでもないが。
今日、雲雀が篭っていたのはボンゴレの書庫。
地下の数階層に渡って数々の記録が保管されたそこの書物は複製持ち出しに関しては条件が付くが一定階層までは、守護者ともなればある程度の閲覧が可能だった。
それより下は本当の機密情報の保管所。幾重にもセキュリティーが掛けられた場所である。
今日は雲雀の権限外の書架にまで下りていたために、閲覧許可は綱吉自身が雲雀に与えたものである。
彼が、雲雀がここに篭っていることを知らないはずはなかった。
現に、扉からは絶対に見えない位置で本をめくっていた雲雀に、綱吉はその場で好き勝手言うだけいって行ってしまったのだ。
革張りの椅子に足を組んで座っているときは驚くほどにボスとして完璧であるのに、どうにも時折箍が外れるのか、子供じみた真似をする。
今回もそろそろ何かしらしでかすだろうと思っていた矢先である。
定期的な周期でめぐってくるそれを雲雀は溜息をつきつつも付き合ってやる事にしている。巨大組織のトップであることを自覚してからと言うもの、弱音、愚痴は相変わらず吐くものの、一定のラインを引くようになったのは意識的にだろう。自分の立つ位置を自覚した子供は、いつ大人になったのか。
身の回りの人間が、自分の命令一つで即座に己の米神に銃口を当て引き金を引く。
そういう立場である事を自覚しているから、それ以上を望まなくなったともいえる。しかし、落ち着きを見せつつ時折みせる危うさに、壊れるなら壊れてしまえば良いと雲雀は思っている。
あの元家庭教師が黙認し、時折雲雀を呼び出すのは綱吉のガス抜きをしてやれと言うことだろう。
しかし、それが雲雀にとってなんになるのか。
ボンゴレがどうなろうと関与せず、寧ろボスである綱吉が自壊してゆくのを望むような雲雀である、何の利があろうと言うのか。
『自分だけのものにならないなら』というような望みではない。それよりも『楽になってしまえばいい』そんな、例えばカナリアの鳥籠を森の中で無理やり壊すような偽善に似ている。
だからといって、籠の中でしか生きれない地に落ちたカナリアを拾うことは、多分雲雀はしない。
魅力を感じないといえば、勿論否。傷ついた籠の鳥を手懐け閉じ込めることにも、その囁きは甘美だ。
しかし、きっとそうなれば雲雀はその鳥の胸を銀に輝く切っ先で貫く。
それでどんなに後悔しようと、虚無を抱えようと、悲嘆に暮れる事になろうと。それを見ていることの方がどれほど虚しいか。
そんなものは欲しいものではないのだから。
扉の開いた籠から飛び出してこちらに飛んでくるならいい。そして、何よりも愛玩鳥よりも野に放たれた鷹を狩るほうがどれほどに楽しいだろう。
結局、雲雀をそうさせているのはそんな昔から変わらないその性格と、何よりも己にのみ許されているという優越感と独占欲なのである。
持っていた本を閉じると、年代物のその本は綴じ目が少しよれて黄ばんだ紙が幾分かずれた。
しかしそんなもの構うものか、気にも留めずぽっかりと黒い口を開けている元あった隙間にねじ込むと、鈍く輝く金の鍵を手にその場を後にした。





「お。なあ雲雀!」

石造りの回廊をかつかつと革靴を響かせて歩く。
脇に植えられた花が風に揺れて甘い香りを撒き散らす午後。
地下から上がってきた雲雀の目にはイタリアの太陽は目を焼くようにまぶしい。その場で軽く目を押さえていると話しかけてきたのは、山本武だった。
スーツは着ているものの、随分と着崩している。片手をポケットに突っ込んで、もう片方の手を上げて雲雀に笑いかける男。
その強さは気に入っている。しかし、爽やかそうに見えて、実は一番腹の内の読みにくいこの男が雲雀は少し苦手だ。


「何?」
「ああ、ボス見なかったか?」
「さあね」
「あいかわらずそっけねーのな」

しかしだからといって対して気にした風でもなくからりと笑うと、ひらひらと手をふる山本。


「ああ、そうだ」

急いているわけでもないが、もう日暮れまでもうあまり時間はない。
そのまま脇を通り過ぎ、二歩ほどは距離の開いたところで山本が口を開いた。

「明日の午前中の会議だけは遅れんなって小僧からの伝言だ」

今度こそ背を向けて歩き出した山本。
その伝言はきっと、雲雀にもそして綱吉にもあてられたものなのだろう。

あの赤ん坊の見込みどおり、一番にマフィア…裏社会にそぐう人間とでも言うのだろうか。
ボンゴレの闇にじわじわと染まっていったような甘いものではなく、ボンゴレがこの男の闇を引き出した。
決して使い勝手のよい人間ではない。
しかし、その刃を時折研がせつつ懐で飼い殺すには最適の人材。
自ら上に立とうという意思を持つこと無く、そして絶対に裏切らない。少なくとも、綱吉を裏切ることはない。
しかし、あと10年いや20年と余年もすればボンゴレと綱吉、この二つを切り離して秤に掛けたときに選ぶ対象が変わるだろう。
自分と、そして霧の守護者はたぶん何年たとうとそれは変わらない。そもそも、ボンゴレの一部だと言う自覚が非常に希薄だ。
二人とも、綱吉があってこそ多少使われても良いだろうと考えているに過ぎない。
彼らとて、今はそうだろう。しかし、彼は確実に変わってゆくだろうと雲雀は見ている。
それは、自然なことであるだろう。ボスに惚れ込んでその礎になったとしても、かならずじわじわと組織そのものに食われてゆく。
その感覚を感じながらも抗わない。

それがボスのためなのだとそんな矜持があるからこそ。
そうやって、きっとこの組織は大きくなった。大きくなりすぎた。


その選択を迫られる日が来るかはわからない。
先代に露見したこの組織の危うさを、上手く修復するならそれでもいい。
どちらにせよ、ボンゴレ事態は続いてゆく。
今のイタリアにはこれが必要なのだ、トップの首は関係ない。
しかし、その存在を社会が望む限り、けっして崩れない。

六道骸のように徹底的に崩してやりたいと思っているわけではない。自ら手を下すようなことではないのだ。興味もないのだから。
傍観者という立場なら、それはきっと沢田綱吉がその最もたる者なのだろう。彼は、きっと見届けるだけなのだ、ボンゴレ10代目はボンゴレにはなりきれない、それを個の己として認識はできない。
ボンゴレボスとしての己を容認するが決してそれを許さないし、同じものになる事を拒絶する。
彼は、沢田綱吉としての個を持ち続ける。決して、その自分を殺すことが出来ない。それがどんなに苦しいことなのだとしても。
最もボスとして相応しく、そして不適な人間。それが彼だ。

雲雀は、それらを見届けるのは悪くないと思っている。
ただそれだけだ。




石造りの回路を抜けると、そのまま庭園の方へとまっすぐに進む。
ボンゴレの本邸は広い。屋敷と言うよりは、城なのだ。瀟洒な御伽噺の城ではなく、無骨で重々しい空気を孕んだ重厚なつくり。
城内を全て探し回る時間などない。それに、人の気配が始終するような場所にはいないと雲雀は初めからその可能性を消している。そして、重い空気の漂う地下も然り。
現に雲雀はこれまで幾人かのファミリーと擦れ違ってはいるが、守護者や綱吉が懇意にしている人間とは鉢合わせしていない。たぶん、探す場所の候補としては大きく外れていない。
他人、特に親しい人間と遭遇する場所に隠れに行ったとは、今の綱吉の心理からして考えにくい。
先の山本武は例外だ。あれは完全に雲雀を待ち伏せていた。
サロン併設の書庫に、ギャラリーに、温室、普段あまり人がいない場所を優先的に、探しまわった雲雀は手近な窓に手を掛けて、目いっぱい開く。結局最終的にはあそこだろうな、と呟いて雲雀は外を見た。少し傾いた太陽は、それでもまだ輝く光を放っていた。

早足に蔦の絡まるアーチをくぐり、緑の芝を進むとすっと伸びる小道が見える。
巨大な水盤に澄んだ水を湛えた噴水を中央に、広大な敷地の隅々にまで人の手を加えたイタリア式庭園。
刈り込まれた植木と所々に配された彫刻と噴水。
東西南北に走る白い石造りのラインが二本中央でクロスしてはしる。それを軸にした完全なシンメトリー。
斜面を利用して作られたイタリア式庭園は、その頂から見下ろすのがいい。
もちろん、その場所はボスの座す場所なのだ。
中央に立って、ぐるりと辺りを見回す。警護の人間が時折不審げな目を向けるがそんなものに構う気はない。
見渡す限りの庭園はただただ広く、どこまでも続いている。
権威の象徴のように広がる美しい庭は、パティオや温室のように花咲き誇る女性的な美しさは持ち合わせてはない。
かぐわしい緑と、水の香りが漂う場所。

すっと、ある一点で目を細めた雲雀は考えるよりも先に地面を蹴っていた。









「こら、それは食べちゃダメだよ」

くすくすと笑いながら、傍らの黄色い鳥をたしなめる。
まるい嘴で、咲いている花を一厘むしっている鳥はぱちぱちと瞬いた後、腰を下ろして立てた綱吉の膝の上に降り立った。
手を伸ばして首から胸の辺りをくすぐる様に撫でると、満足げに目を細める。仕草の愛らしさに綱吉も自然に笑みがこぼれた。
正門側の庭園に隠れてかれこれ何時間になるだろうか?ここを見つけたのは偶然。歴代ボスの誰かが好んだ花なのだという
庭の外れの、蔓バラが絡み合う垣根というよりは茂みの中、調度ぽっかりと開いたスペースに座り込んで首をめぐらせる。緑の葉の隙間からきらきらとした光が見える、そしてその端々で淡いピンクの花が甘い香りを放っていた。棘を持たないその茎はつるりと瑞々しい色をしている。
棘のない蔓バラは身を護る術がない。人の手で護られ、大切に育まれてこそ馨しい花を咲かせる。
庭師にここは整えなくてもいいと、直接伝えたのは綱吉だ。綱吉自身が、その手で蕾の剪定を行い、時折世話をしながらここまで咲かせた。
午前中から少し昼にも食い込んだ急ぐ仕事を全て片付けて、それから予定の調整に時間をとられて、執務室を抜けてきた。
ゆっくりと傾く太陽はまだ明るく輝いているから、もしかしたらまだ3時間もたっていないかもしれない。しかし、別に何時間掛かっても構わないと思っていた。
日が暮れて、夜になって、そしてまた朝がきても。
タイムリミットは明日。10時からの会議は出ねばならないだろう。
それまで、ずっといてやろうと思っていた。
探してくれているだろうか?こんな無茶苦茶なゲームにあの人がのってくれるだろうか?
過去のあの人なら、こんなこと一笑に伏しただろう。
信じている、信じているけれど。しかし不安は絶えない。
見つけてくれるだろうか。

(俺を……『沢田綱吉』を見つけてくれるのは、やっぱりあなたが良いんです)

いつからか、綱吉はこんなにも孤独なゲームをたった独りでしている。
自分を隠して、そしてこれからも生きていく。



「この場所言わないって約束してくれるなら。ご主人の所にかえってもいいよ?」
手の中でもこもこと動く鳥に向かって話しかける。夜風は、こんな小さな鳥には可愛そうだ。
その時、小首を傾げた後、ぱちりと黄色い鳥は一つ瞬いたかと思うとパタパタと軽い羽音をたてて飛び立った。
綱吉が、「お?」と思うよりはやく潜んでいた木陰にいっそう濃い影が落ちる。


「ほら、見つけたよ」

微かに息を弾ませた雲雀がそこにいた。
珍しいこともあるものだ、目を大きく見開いた綱吉の肩に手を置くと自らも芝の上に膝を付いて、そのまま引き寄せられた。



「あーあ、見つかっちゃいました。随分早かったですね」
「早く見つけてあげないと、君泣くでしょ?」



些か乱暴な手に文句を言うことも無く、雲雀の首に腕を巻きつけながら、不覚にも熱くなってしまった目頭をその胸に押し付けることで隠した。





何年たっても、何があっても、きっとあなただけは見つけてくれる。
見ていてくれる。