アレとかソレは恋とはちょっと違うのです





 昔話をしよう―――――







冷たい雨に街全体が沈んだ寒い日だった。
けぶるようなその町並みの影、小さな路地に、一人打ち捨てられた少年がいた。
誰も彼に気をとめたりはしない、貧しい時代だった。己が生きるに必死で、周りを見る余裕など誰も持たない。
金と権力。力が全て。
陰惨な社会を生き抜くために必要なものは至極簡単だ。
殺られる前に、殺れ。
奪い合うことはあっても、与えられるものなど何もない。
力尽きるのなら、そこでのたれ死ぬ。それが当然の節理。
頬を打つ雨がぬくもりを容赦なく奪ってゆくのを感じる。水滴と共になけなしの体力ですら流れ落ちてゆく。

(終わりなんて、あっけないものですよ…)

未練なんてものは輝かしい道を歩むものが残すもので、自分のものは生への執着であると少年は混濁する意識のもとそんな事を考えた。
ふと、雨が止んだ。
顔を打っていた水滴がやんだ事に、息を小さくついて少年は重い瞼を少しずつ開く。
体温と体力を奪ってゆく雨さえどうにか なるのなら、まだ諦めるには早いかもしれない。
おとなしく死んでやるつもりなどなかった。
けれど、おかしいとも思う。
まだ耳は、石畳を打つ冷たい水音を捕えているのに。
凍えた身体から細い息を絞り出して、切れてしまいそうな意識を必死につなげて開いた瞳。


「珍しいな。オッドアイか……」

男が、そこにいた。
他人の気配を読む術には長けていたはずなのに、何も気取らせずただそこに男は立っていた。その事に少年は少なからず驚くが、だがそれがどうしたというのだろう。
降りしきる雨の中、手に持っている傘を少年にさし掛け、面白いものを見る目で見つめている男。
まだ年若いくせに、痩身に不釣り合いな空気を纏っているくせに、存在のなにもかもを掻き消してそこにある。
ただ、不気味だと思った。
呟いた言葉の響きも、身に付けたロングコートも、コートの裾から覗くスーツも、身なり、仕草の全てが上質なものであると一目でわかる。
何の気まぐれか、見せ物ではないと瞳を眇めれば、また男は面白そうに唇の端を持ち上げた。

―――――よし。気に入った




雨に紛れた声は、とうとう途切れた意識の元届きはしたが、聞こえなかった。

今は遠い…記憶。



















「は?」


バスローブに身を包み、カウチに腰かけた男が額に軽く皺をよせる。
しなやかな細い指には不似合いな、大きなオーブを嵌め込んだリングを付けた手。その手にシガーカッターを遊ばせながら、ヒュミドールからシガーを吟味している姿は堂に入っていた。
ニコチンを摂取する嗜好があるわけでもないのに、時々手慰み程度に口に入れるのを知っはいた。
ステイタスを見せつける行為は、この男には必要だ。それだけで、処世術となりうるのだと知った。

あの雨の日少年を拾った男は、闇社会のトップに君臨していた。
目を覚ました時、見知らぬ天井に混濁した意識が晴れてゆくのを感じながら、視線を泳がせると、また気配を気取らせない男はその傍らに座っていた。
彼は静かに言う。「生きたいのなら…登れるところまで、登って見せろ」と。

その言葉のまま、数年で少年はイタリア闇社会を牛耳る組織のトップへと食い込んだ。
天性の戦闘センスを磨く場所は望めばいくらでも与えられた。もともと持っていた得意な能力を高く評価する者は多かったし、そしてそれに因る処は大きいだろうが、当時空席だった首領を守護する6つの椅子の一つを埋めるにいたった。

最年少だった。

だがそれがどうしたと言うのだろう。
政、官、経済、彼が手を伸ばさなかった分野はない。
聖職者ですらこの組織で守護者という仮面を被ってその男の背後に立っていた。
そんな中で若さというよりも幼さは彼を目立たせはしたものの、特異だとは見せなかった。己をより磨いたものだけが手に入れるものを、ここの人間は知っていた。
まとまりがあるのか、ないのか…自分の目的だけで動く者、大義を声高に叫んでこの国の行く末を案じる者、ただ闇にしかみを置けなくなった行き場のない者、栄華を極めた組織の体制は確かに整ってはいたが完全な共有意識のもとにあるわけではなかった。
その全てを束ねているのがあの男。
容姿だけなら、甘やかでユニセックスな雰囲気を漂わせるのにその瞳がすべてを屈伏させる男。
彼の、存在の大きさに危うさを孕んだ組織だと思うものの、あまり興味はなかった。
初めて認められたいと思わせた人間だった。
力とは別のもので多くの人間を従えさせる彼は、少年に酷く苛立ちを与えはしたがけれど同時に眩しくもあったのだ。
これまでたった独り生きてきた矜持を、プライドを捨てて膝を折るに足る人間だった。

そんな、男と寝所で睦む様になるなど世の中は分からない。



「お前、もう一回言ってみろ」

火をつけたシガーを噛みながら男が言った。
額に刻んでいた皺はどこへ行ったのか、飄々とした顔で笑っている。
少年は背中に冷たい滴が伝っていくのを感じながら、努めて爽やかに笑って見せた。
引く素振りを見せたら負けだ。そんな笑い方をする時こそが怖いことをもう既に身をもって知っている。
あと数年で三十路にてが届こうかというのに、そんな年齢を感じさせない男は哂う。血まなぐさい世界に身を浸しておきながらそんな事を微塵も思わせない紳士な身のこなし、社交界に出ればそれはもう咲き誇る花々よりも持て囃された。
そんな王子様はどこに消えてしまったのだろうかと泣きたくなりながら、やはり爽やかに笑いながら彼はいった。

「はい。だから、ヤらせてください」
「…………」
「すいませんジョット、あなたどこ見てんですか」

ジョット、と名を許された少年。
それは確かに彼に認められているのだという誇らしい証だった。
その響きを口に乗せるときは、今もまだ緊張する。
が、その事よりも今は打ちのめされるその仕草に泣いてしまいそうだった。

僕だって男の子なんですよ!

ひたりと少年を見据えていた視線がゆっくりと下がる、そして彼の下半身で止まる。
男は、笑った。
嘲笑ならまだよかった。
なんだかんだで育てられためくるめくいじめられっ子の血が、悲しみを晴らしてくれた。開き直れもした。
ねえ、どういう意味でしょうか?いや、聞きたくない。


「…そんな慈愛に満ちた微笑みを僕は初めて見ました」
「私はいつでも優しさに満ちているよ?」
「じゃあ、ヤらせてください!!」

現金だなおい?
それはそれ、これはこれ。馬鹿いってんなよ…フッザケロヨ?
言葉もなく微笑みで語る男だ。
しかし少年は引かない。

――――いや、引けない


「いいじゃないですか!僕だって男の子なんですよ!!」
「うん。だったら女のとこ行け?」
「嫌ですよ。何であなた以外の人間に触られないといけないんですか!!」

ぷうと頬を膨らませてみればジョットはパチパチと瞬きを繰り返していた。

「………キモーイ」
「って!指まで指すのはやめてください!!」

酷いです!ヒドイですよぅあなたばっかりじゃないですか、偶にはいいじゃないですか、一回くらいいいじゃないですか!!と尚も喚く少年をさり気なくうんざりとした顔で見やった。
育て方を間違えたか?
甘やかしすぎたか?
いや、うっかり喰ったのが間違いか?
だよな、そうだよな。やっぱりそこだよな……ちょっと遠い眼をしてみる。
ッチと舌打ちが無意識にでた。


「……しょーがねーな、ヤらせてやるよ。」

ふう、と業とらしく息を吐くと手招きする。
不出来な子供の始末は付ける親心。
今更ヤルヤラレルでいちいちキャーキャー言う初さはもう持っていない。
途端表情を輝かせてやってくる少年を諦めた様子で見ながら、そうか、これが私の甘さか…などと愉快な事を考える。
目の前まで来た少年は手振りだけでその場に跪かされる。
その素振りたるや王者のそれだった……いや、むしろ女王様か……。

色素の薄い金の髪が光を透かして煌めく、夕闇を前に燦然と輝く黄昏を思わせる澄んだ琥珀の瞳が猫の目のように細まった。
ガウンの裾を、見せつけるように揺らして泰然と足を組む青年は凄絶なまでに美しい笑みを浮かべていた。
瞬間濃密な艶を放つ空気に、その色香に、少年は知らず喉が鳴った。
先ほどまでシガーを持っていた、その拳で戦う事など信じられないほど細く白い指先を少年の頤に掛け、更に上を向かせる。
琥珀の瞳に覗き込まれると、ただそれだけで倒錯的な気持になる。
少年は自分を叱咤した。

赤い舌が一度ぺろりと唇を舐めたかと思うと、その形のよい唇が弧を描いた。

「なあ、わかってんだろーな?」
「……はい?」

麗人が優しげな声でそっと耳に息を吹き込むように言葉を紡いだ。
クラクラした……。その空気にすら酔ってしまいそうだ。


「上手くなかったら……」






――――――――――ぶっ殺す





男が空いた手に弄んでいたシガーカッターがシャキンと、冷たい金属音を響かせた。




「怖かったです……あの背筋が凍る感覚。こんなに年月が過ぎたというのに今もまだリアルに思い出せる……眼が、マジでした…。その日から凄惨な寝室の密事が……」








――――――ッガン…


いっそ涙でも滲んでいるのかと思われそうなグスグスとした語尾に、固い音が重なった。

「おや?早いピッチですが大丈夫ですが雲雀くん?まあ、貴方はザルってゆーか枠ってゆーか、穴ですから…けれど強いだけでは仕方ありませんよ?情緒は大事ですから」

そこは贅を尽くした王様の寝室ではなく、広いリヴィングに備え付けられた瀟洒なバーカウンター。
カウンター内で複数のボトルやカクテルのシェイカーを手にしているバーテンダーは即席。
叩きつけられる様に置かれたグラスに目をやったオッドアイの青年は知ったような口をきいた。
グラスを叩きつけた雲雀と呼ばれた青年はその言葉を聞くや、米神の辺りに血管が浮き上がらせた。まだグラスに掛けていた指にも力が籠る、繊細な文様を浮き上がらせるクリスタルのウイスキーグラスが悲鳴を上げる。
マジで切れちゃう5秒前。

「まあまあ、さ。ヒバリさん、あーんしてください」

そんな雲雀をなだめるのは、当然沢田綱吉であった。
クラッカーの上に生ハムやチーズをのせて甲斐甲斐しく雲雀の口元に運んでいる。

「……まあ、いいです。それでですね」
「五月蠅い。さっさと注いでくれる、君の筆下ろしなんて知りたくもない話聞くくらいなら、酌くらい許す」
「失礼な!ゴミ貯めみたいな底辺生きてく為なら何だってしたんですよ、僕のはじめてはじゅう…」
「はーい。ヒバリさん!オイルサーディンとかはあんまり好きじゃなかったですよね?」
「ちょっと…あなたたち……」

スモークサーモンとサワークリームが乗ったクラッカーを雲雀の口元に運びながら綱吉はにこりと笑った。
青年…六道骸に向けるものとは別人かとも思えるほど違った緩んだ表情で、綱吉が差し出したものを口にしながら、彼の指についたクリームまでちゅっと音を立てて舐めとっている雲雀。

「人の話はちゃんと聞きましょうよ…僕泣いちゃいますよ!!」
「「……きもーい」」

美しいユニゾンだ。
そして、見事に息の合った仕草。人差し指で骸を射しせせら笑う。
そんなところはしっかりと聞こえていたらしい。

「っく、そんな人前で見せつけるようにいちゃつくのも止めなさい!」

いちゃつく二人。
小さなスツールに掛けた雲雀の膝の上に綱吉を抱き上げた、もう見ているのも辛くなるようなこの光景。

「じゃあ帰れよ」

自分を抱き上げている恋人に甘えていた時とは、これまた180度違った冷たい視線を綱吉は骸にくれた。

「こうでもしてないと、ほんとお前のこと殺っちゃうよ?」
「………ヴィバ、クリッスマスイヴ―――!」

クリスマス・イブこの日ばかりは余計な争いは起こしてはならない。
こと、敬虔なカトリックの国イタリアでは。
郷に入ればなんとやら…いや、そもそもそんな感慨は雲雀に似つかわしくはないのだが、いい加減弁えるべきところの分別はつける。漬物石変わりに置いた綱吉が非常によい仕事をしている。
けれどそんな彼も堪えるものに耐えきれず、キュッと雲雀のスーツを握った。
お互いこうでもしていないと抑えるべきものが抑えられない。努めてバカップルってみようとも、心のメーターはプラスではなくマイナスに傾いてゆく。
だいたいどうしてこの男が綱吉のプライベートスペースにいるのかもわからない。
どうして好き好んで目の前のパイナップルのアレでソレな話を聞かされねばならないのだ。

――しかもその相手が、自分のご先祖ときた

綱吉は思う。
もう一度雲雀のネズミちゃんに閉じ込めてもらって、大大大(省略)爺さまに物申したい気持ちでいっぱいだ。
なぜご先祖はの果物を生かしておいたのだろう?満足できるほどうまかったとは…残念ながら……
ああ、だからか?だからだろうか、この人外魔境が六道輪廻を回ってきたのはご先祖の絡みなのか?そいつは愉快だ、愉快だがなぜここにいるのだろう。
今すぐに熨斗つけて送り帰してやりたくなる。
あーーーストレスがたまる。

「ん――しょうがないですね!要約すると、僕のテクはそんな訳で神の領域ですって話ですよ」

クリスマスは愛の日ですから!と、語尾にハートマークでも飛んでいそうな声だ。
どんな訳でも別にいい。どうでもいい。
部屋で飲みましょう、と戻った時にはもうカウンター内に骸がいて何かおつくりしましょうか?とバーのマスターよろしくやっていた。
気づいたらそんなアレでコレな話が始まった。
当然、今日の日を見計らっていたことは明らかだ。

「なあ、骸…頼むからかえって?風俗手当て出すからかえって?」
「綱吉君。そんな品のない言葉を使ってはいけませんよ。もう!聞きたいことはないんですか?そんな風に愛し合っていた僕らなのに、巡り巡って君が生まれたとか、ここからがシリアスで心揺さぶるロマンスですよ?」

腰に手を当ててプリプリする骸。
愛し合って?常なら突っ込むところももうスルー。
お願いだから出ていってほしい。

「遊び、気まぐれ、セフレ…いや性奴隷、むしゃくしゃしてヤった誰でもよかった」
「雲雀くん、そんな顔で悲しい言葉を吐かないでください」

ふう、と息を吐いた骸はなおも続けた。

「じゃあ、こんなのはどうでしょうか?身籠った子どもを守りたくてジョットは日本に亡命とか」

あはは。
うふふ。
こんな意地悪はどうですかー。とニコニコした骸はしかし本日最上級に冷たい視線に晒された。

「あ、あれ?」


よいしょ。
という声と共に雲雀の膝から降りた綱吉。そのあとを追って床に足をついた雲雀。
二人揃って骸に背を向けた。

「外出てくる」
「明後日には戻るから。降誕祭おめでとー今年はクロームとちゃんと過ごしてあげるんだよ?」

ひらりひらりと振り返る事無く振られる手。

「…あれ、あれれ??」


―――パタンッ

ぱしぱしと瞳を瞬かせる間に扉がしまった。

「…いつもいつも釣れないですねえ」

見送って。静まりかえった部屋の静寂に溜息が落ちた頃。
一人、二人のグラスと、摘まんでいたオードブルの皿を下げる。
なんだかんだ言いつつ、この日ばかりは昔話に付き合ってくれる二人が骸は本当に好きだった。
優しさに甘えて演じる道化は滑稽だが、そんな自分が嫌いではなかった。






「そうですね、彼も彼の奥方も……だから僕は大好きでしたよ」




ふふっと過去を懐かしむ深い笑みを浮かべて、骸は部屋の照明を落とした。










――――――――――良いクリスマスを。





なんたること!なんて無理やり!?(痛)
所謂親子関係だったわけで

……相続財産は神のようなテク…ってそれどうよ?
チンピラみたいなぷりーもでごめんなさい。

あ、大丈夫です!むっくはチョン切られてないとおもいます!(たぶん)