気紛れオペレッタ




Opera buffa





「よお。随分おもしれーことになってんじゃねーか」

俺がいない間に。
そう言外に滲ませて入室してきた相手を綱吉は苦笑で迎えた。

「お帰り。リボーンご苦労様」

デスクに広げていた書類をファイルに閉じ、今までなにやら打ち込んでいたノートパソコンをスタンバイ状態にした後
かって知ったるなんとやらとばかりに入室するなり、ずかずかと応接セットのソファに陣取った子供の正面に腰を下ろした。
その前に、内線で淹れたてのエスプレッソを注文することは忘れずに。



リボーンがボンゴレ邸に帰還したのは今しがたである。
以前は綱吉の家庭教師として四六時中彼から目を離さなかった最強のヒットマンであるが、最近は時々単独でミッションに出ることが出てきた。
リボーンは決してそんなことは話さないが、綱吉からしてみれば自らの成長を認めて貰っている様で誇らしい半分、少々の寂しさを感じている。

「おい、なんてツラしてんだ。ちゃんと仕事してたんだろうな、このダメツナが」
「煩いな、サボった付けが回ってきて最近缶詰だよ!肩凝って仕方が無い」
「じゃあ、いっちょ実践形式でしごいてやろうか?血流も良くなるぞ」
「結構だよ。そう何回も死ぬ気になってたく無い」
「そんな暇もねーな。娘も出来た事だし…な」

ニヤッと笑った家庭教師に、おやっと目を一瞬丸くした綱吉は苦笑した。
相変わらず耳の早いことだ。

「面白い娘探してきたみたいじゃねーか」
「情報早いね」
「そりゃおめー、バカ牛が仕事中にいきなりメール寄越してきやがったからな。オメーと雲雀の間にとうとう子供が出来たと思ったら、実は雲雀がこともあろうに骸と浮気してたとかよ」
「や。それはダメでしょう?ちょっとダメでしょう、マズすぎるでしょう!!」

相変わらずの顔でニヤニヤと笑い続けるこの家庭教師。
水臭せーな、いってくれりゃ泥沼見物に帰ってきたのによ。
などとしみじみとした演技で呟いている。
オーバーリアクションは玩具にされる格好のエサだと長年の付き合いで解ってはいるが、
この手のボケを流せず未だに突っ込む自分はやはり生長していないのだろうか?
バカ牛…ランボか、そういえばあの子をみんなに紹介した時、丁度ボヴィーノからきていた。




久々に守護者も揃った事だし夕食でも一緒に、と言う事になっていたはずだ。
その席で骸が開口一発「綱吉君と恭弥君がとうとうおめでたでーす」とか、かっ飛ばした時にオーバーリアクションをした若干2名の守護者。
産む前にどうして話してくれなかったんですか!!と咽び泣く獄寺くんに肩をガクガクと揺すられながら、また骸の
「違いますよ、お母さんは恭弥くんでーす」
なんて、この事態を至極楽しんでいる発言にうっかり死ぬ気の炎を灯しそうになった晩餐を思い出す。
相変わらずの調子で笑い続ける山本と、笹川兄は何を考えているのか良く分からないが
結局予想にたがわずというか、いい加減落ち着きを持とうよ、なんて俺もしかして大人なんじゃない?
そんな事を考えつつ半眼で事態をどうしようか考えている間に始まった、いつもの内輪戦争。
愉しそうに笑っている骸に掴みかかりそうな獄寺をやはり取り押さえている山本、極限にめでたいと嗚呼この人もしかして、解りずらく愉快犯なのかな?
と疑念を抱かせる笹川兄。おびえつつ事態を見守るランボ。
こんなにぎやかしい場所で食事付き合ってくれるんだから、この人も丸くなったよね。
と、しみじみさせる雲雀はチラリと横を見ると、平然とグラスにミネラルウォーターを注いでいる。


この人の神経ほしいな……と半分思いかけた。


雲雀は、その冷たい水を注いだグラスを隣の席の凪に渡して、食卓の上で騒がしい人間などよりよほどお行儀よく食べ物を租借しているヒバードの前の小皿にも水を張る。
ああ、恭弥さん恭弥さん。
鳥って租借できましたっけ?



「十代目!!例え、どいつの血を引いていようと、俺は……おれはこのお嬢様を11代目として、10代目と同じようにお仕えします!!」

男獄寺隼人、一世一代の決意。
それをため息で聞き流すと、綱吉は机に両手をついてわざと音をたてて立ち上がった。
視線が自分に集まるのを感じて一息つくと、漸く収まった場に一石を投じた。



「違うから。この子のお父さんは六道骸、お母さんは雲雀恭弥!!!以上」


言うが早いか、食事に手も伸ばせずぽかんとしてい凪を小脇に抱え一目散に逃げた。
街に出て少女と和やかに食事をし、帰るのも恐ろしくそのまま暫く2人で家出旅行をした。
その後の状況は考えるだに恐ろしい。
後から聞いた話だと、草壁さんが事情の説明をしてくれたらしい。
なんて出来た人なんだろう、泣けてくる。
泣けてくるが、ランボは果たして彼の話を聞いていたのか?








「人が働いてる時に、まったく羨ましいことだぜ」
「…………リボーン、あの時の恭弥さんを俺はたぶん一生忘れない……あんな爽やかな笑顔、見たことない」

けらけらと他人事のよう笑う元家庭教師。しかし、綱吉にとっては死活問題だ。
恐ろしい。
思い出しても恐ろしい。
逃げ出した時、視界に写したあの時足を止めなかった自分は偉いとおもう。
帰ってきたその日の、ありがたい事に出迎えてくれた彼の顔も――――然り。
ひとんちの娘をつれまわしてくれてどうも。と


お礼は、存分に、いただいた―――いただかされた………いただかれ、た………―――いや、いい蛇足だ。
なんとか、機嫌を直してもらった後、日本に仕事が出来たとかで出かけていった。



コン、コン、コン
と、たどたどしいノックの音。

「リボーン。それじゃあ、お前にも会わせておくよ」

入っておいでという声にワンテンポ送れてやってきた小さな少女に綱吉は微笑む。
危なっかしい様子でトレイの上にカップを2つ載せている。
後ろには心配そうについてきた右腕。

「ありがとう。持ってきてくれたんだね」
「うん、ボス」

頭を撫でると、はにかんだ様に頬を緩める。
その姿に、マフィアなんかじゃなくてまっとうな場所に置いてあげたいと思う気持ちが、今もまだ拭えない。

「廊下で、居合わせちまいまして……こう、無言でズボン握られるとどうにも」

途中でトレイを奪い取られた経緯を話す獄寺に、君もありがとうと返す。
ちゃっかりとカップをもう手にしているリボーンは、ざっと少女を観察する。首にかけた霧のハーフリングには少し目を細めたようだったが、何も言わず
こいつの家庭教師だ、と自分よりさらに小さな子供に帽子のつばに手をあてて挨拶する。

「ほら、十代目とリボーンさんはお忙しいんだ。もう行くぞ」
と、扱いの分からないなりに子供を気遣う様子で促す獄寺。

「うん。もうすぐ骸帰ってくるよ。お迎えに行っておいで」

綱吉がさらに言うと、目に見えて嬉しそうに駆け出す。
一応追ってくれと、獄寺に目で合図をすると一礼して彼も出て行った。
その様子に意外そうな顔をしたリボーンに、綱吉は首を傾げる。
改めてソファに深く沈みこんだリボーンが言う。

「ふん、ちゃんと骸に懐いてんだな。オメーが背負込んだんだと思ってたんだが」
「あははは。そうだよ、やっぱりね、骸は別格みたいだよ。骸の方は愉快犯きどりつつ、接し方が分からないって感じなんだけどね」
「始めは使えそうだからってんで、連れてきたのに絆されちまったわけか」
「うん、じゃなかったらこん茶番じみたお膳立てしてまで、一番安全なところに置いていかないだろう。なんてゆーの?娘との接し方が分からないお父さん?絵に描いたような」
「そんでお前は、結局『ボス』なんだな」
「まあ、いつの間にかね。『おじーちゃん』とでも呼んでほしかったんだけど」
「あれか?親じゃないから可愛がるだけでいい、ってやつか」

そうそう、あははと笑いながら折角持ってきてくれたものだから、とカップに口をつけた綱吉を見つつ、リボーンが意地悪く言った。



「あのチビも大変だな。パパンは変態、ママンは若干ネグレクト気味おまけにグランパとデキてるときた。昼ドラも真っ青」

―――ぶっ。
茶色の液体を噴出さなかった自分を綱吉は褒めたい。咽てきたが、今咳き込んだら鼻から何か出る……

「リボーン…おまえ…」

涙目に見ると、リボーンは喰えない顔でエスプレッソを啜っていた。
その姿に、小さく息を吐くとまあ、いいかと綱吉もカップに口をつけた。





運んでくるのに時間が掛かったらしい珈琲は、随分ぬるくなっていたけれど。
味にも温度にも煩い元家庭教師は機嫌よくその液体を啜っていた。











ママンとグランパ(…英語だ)はうまくいってます、ちゃんと。