気紛れオペレッタ




arietta





「おや?これは珍しいですね」


見渡す限りの乳白色の世界。
ふっと開けた場所、さらさらと風の音がして、静かに静かに絶え間なく波紋が広がる湖の湖畔。
歩いていると、そこで出会った。




この場所が何処なのかは分からない。
何処に向かっているのかも、分からない。
でもどうしてだか、心は穏やかでたった一人のこの場所でも心細いとは思わなかった。

いや、元より一人だった。

世間一般に『家族』と呼ばれるものである父母は、ほとんど家にいなかったから。
ただ、雇い主に従順な家政婦がその代わりにいただけ。
子供にも、互いにも興味も関心もない親たち。
なのに体面だけは気にする人たち。
此処で、自分が消えてしまっても悲しまない。
むしろ、喜ぶのだろう。
自分を産んだのだって、世間に名の知れた母が、堕胎なんてそんなスキャンダルを嫌ったからだ。
そもそも、両親の結婚ですらお互いの利害の一致であったからに過ぎないのだそうだ。親戚のおばさんたちの話では。

あの人たちにとっては、眠りに帰ってくるだけの家。
顔を合わせれば、喧嘩で。
怒鳴りあう声に、怖いとか哀しいとかそんな感情は沸いてこなくて、大人の汚さだけが心を侵食していった。
そんな両親が、好きだったかと問われれば、否…だろうか?
そもそも。好きも、嫌いも、そんな感情ですら、知らない。


朝起きて、家政婦の用意した朝食をせかされながら食べて、保育園に行って――

繰り返し繰り返し。
他の園児に混じって遊ぶ気にはなれなかった。なんだか、自分とはまったく別の生き物の様に思えて。

泣く事も笑うことも、どうやったらいいのか分からなかったから。


キモチワルイ コドモ

誰だったろう?
そう言ったのは、ああ、そうなのかもしれない自分は他人とは違うのだ。

閉鎖した世界。
そんな日常がとてもくだらないものに思えた。
誰も必要としてくれないから、自分だって何も誰も要らない。
そう、思っていた。






「僕には、まだヴィンディチェの目がありますからね。忌々しい事に、彼らの狗に甘んじなくてはならない」

―――ボンゴレが、随分無茶な話を持ちかけて無茶苦茶な金をつぎ込んで牢獄から開放してはくれましたが

向こうも甘くは無い。
条件をつけられた。
あの復讐者たちにいい様に使われる事。屈辱だ。
それくらいならば、あの冷たい水の牢獄の方がましだと思えた。
けれど、彼に「ごめん」と謝られた時、唇をかみ締めて拳を握り締めている姿を見たとき、……そう、絆されたのだ。
イタリアの暗黒社会のトップに君臨するくせに、何時までたってもマフィアらしくない彼。
気紛れかもしれない、けれど自分にそんな気紛れを起させた彼は稀有だ。
どういう訳か選ばれた守護者。
それなりに使える駒でいてやろうと思える程度には。


「まあ、それにメロドラマ…間近で見られるのも美味しいですよね。クフフ……」
「………?」
「ああ、いえ」


目の前に現れた男が呟いた言葉、ほとんど理解できなかったが、自分に対する悪意とか敵意とかそんなものは感じなかった。
男の目が柔らかい弧を描いて、笑みを作る。

「小さなあなたにはまだ理解できない話かもかもしれません。けれど、今しか選べる時はありませんよ、良くお聞きなさい」

男がいった。


「あなたには力がある。それは決して余人が持ち得ないものです、ここで僕に付いて来るというのなら、ここから連れ出してあげます。
けれど、それは地獄へ落ちる路。このまま死んでしまった方がずっと幸せな世界」
「―――」
「安らかな死か、血まみれの生き地獄か――。僕はね、貴女のその力を利用しようとしていますよ」

あなたにとっては、どちらにしても利の無い話ですね、と男が苦笑する。

――――――それでも来ますか?


どうして躊躇いも無く頷けたのか、分からない。



けれど、掛け替えの無いものをくれますよ。きっと―――彼が




その言葉に何かの希望を抱いたわけでは、無いけれど。











「という訳で今日から霧の守護者の半分、までにはなら無いですが。よろしくお願いします、ボンゴレ!クローム髑髏ですよ」

何故か晴れ晴れとして表情で両手を広げる六道骸。
ボンゴレ10代目の霧の守護者。

「何、死体のアナグラム?同情するね――だから、もう一つあげる」

またキャンディーをひとつ小さな少女の手に落とす。
キャラの崩壊だなぁ、なんて綱吉が思っている事は此の際どうでもいい。
その正面で腕を組んでる雲の守護者、雲雀恭弥。
しゃがみ込んで、少女と目を合わせている綱吉たちの頭上で、長々と骸と彼女の馴れ初め……そう言っていいのか分からない…を骸が朗々と語った直後の事。

「誰が死体ですか!素晴らしいじゃないですか!!」
「じゃあ、その名前の通りさっさと朽ちなよ。手伝ってあげる」
「いけませんよ、恭弥君子供の前ですよ教育によくありません」
「君の存在そのものがR指定だから」
「酷い!自分の事を棚に上げて!!!」


ギャーギャーと始まった男二人言葉の応酬劇。

「…………」
「気にしなくていいよ」
「……うん」
「あ。よし、お話はできるんだね?」
「…うん」
「じゃあ、お名前教えてくれるかな?」

つなよし と呼ばれた男が問うて来る。
優しい声、柔ら無い表情、自分だけに向けられた瞳、他のどんな大人からも向けられたことも無い。
保育園の、他の園児たちが親や先生たちから示されているような……それ。
クロームは、骸がつけた名前でしょう?
「嫌だったら、いいんだよ?」と最後に慌てたように訂正もされる。



「…………ク、ローム……」
「ん?」
「むくろさまが…」
「じゃあ、本当のお名前は?」
「………な、ぎ…」

あの人たちが付けた名前。
嫌とかそんな事を考えた事もなかったが、どちらかといえば骸が付けてくれた名前の方が大事なような気がしていた。

「な、ぎ?凪?……凪いだ海、静かで穏やかな海、だね。うん、可愛いね」

ふわり、とまた優しい手が頭を撫でた。
大事だと、思っていた。
そんな気がしていたのに、どうしてこの人が呼んでくれる自分の名前はこうも暖かいのだろう。

―――涙が、出そうになる

ふ、っと俯くと。
何も言わずに、脇に手を差し入れて抱き上げてくれた。
そっと、恐る恐るスーツの肩口を摘むようにするとぽんぽんと背を撫でられ、あやされる。
振り払われ無いことが嬉しくて、そのままぐっと握りこむと揺すり揚げて更にしっかりと抱き上げてくれた。


「ああ、そうだボンゴレ」

しばらく、なんだかほのぼのとして空気が漂っていた空間に声を発したのは骸。

「このリングを、この子に掛けてあげて置いてください。完全な譲渡はいろいろ不味いでしょうからとりあえず、ハーフリングでもいいでしょう」
「なんで?」

「この子は僕の力を具現できる特異な力の持ち主です」
「それは聞いた。でも、戦闘になんて連れていく気はないよ」
「あなたなら、そういうと思っていましたよ。まあ、暫く帰ってこれない僕との連絡手段とでもしてください」
「物みたいに扱うつもりも無いんだけど?」
「それも、勿論。ただ、その事故の時にですね目と一緒に内臓も損失してしまったんですよねその子。
今は僕の幻術で生きてるんですよ、でリングならその力を保ってくれるでしょう。
なんてたって内臓が無いぞーですからね、まずいでしょう」

クフフハハハハ。
と腹筋を使った笑い方が響いている

「…………あれ?」
「………………あのさお前…」
「…綱吉、それヤッていい?」

教育云々だろうか?噛み「殺す」とは言わなかった雲雀。
でも、ちゃんと漢字変換できた。えらいな、俺、なんて思ってしまう綱吉。

「……や、る?」
「こら、君たち!両親が仲がいいのは素晴らしいですが、そんな会話は夜……に……あれ?あの、っちょ」
「綱吉、先にお茶のんでなよ」
「わお。今日は公認で若い女の子とお茶しちゃえるんですね、それじゃお先に。ソレよろしくお願いします」

さ、行こうか。
と抱き上げられたまま、後にした部屋。

微かに、『オヤヂギャグは犯罪だよ』なんて言葉が聞こえてきたが、なんだろう?それ



「気にしなくていいよ」



こくん。と頷いて
ちょうど同じ高さにある、琥珀色の瞳を覗き込んだ。
そうすれば笑ってくれた。
何故か、自然に頬の力が抜ける。

「うん、女の子は笑ってるのが一番可愛いね」
「?」

小首を傾げると、また笑みが深くなる。
自分は、今笑えているのだろうか?
機嫌がいいのか、貸してごらんと、さっき渡されたキャンディーの包みを起用に片手で広げて口の中に放り込んでくれた。
甘い、ミルクの味。
初めて、こんなにも美味しいとおもった。


あんなに嫌だった大人たちが言い合う場面なのに、嫌悪感はなくて、なんだか楽しくて
彼らの視線が、感覚で自分を探っているのが分って、でもそれが不快なもので無いことだけは、確かで
くすぐったい。


どうして骸様についてきたのかは分からない
この先に、どんな酷い事が待っているのかも分からない
けれど


あの人の言ったとおり
とても大事だと思えるものをこの人たちはくれるのだと

それだけは何故か、信じられた。









幾つなんだろうこのこ?
・綱←骸ではない、骸→雲でもない
・やりたい放題ごめんなさい