わたしのお友達を紹介します! 3





ある日ある時ある場所で…………。



時はちょこっと遡る


部屋に充満したのは、タバコでも葉巻の紫煙でもなく甘ったるい菓子の香り。
チョコレートに焼き菓子各種、さらには饅頭羊羹まで取り揃えられている。空気だけで砂糖漬けにされるか、胸焼けを起こしそうな、そんな一室にてこっそりと集まった三人は至極まじめに対策を練っていた。
ココア、ホットカルピス、蜂蜜たっぷりのホットミルク、そして砂糖をありったけぶち込んだロイヤルミルクティ、それももう何杯目かわからない。
糖分は脳の栄養である、そして心を癒すエリクサーでもある。
それほどに、本日の議題は慎重に慎重を期してしかるべきものであった。


「うん、彼にきめた」
「ええ」
「はい。いいと思います!」

少しだけブランデーの香るホットチョコレートのカップを、自慢の髭が蓄えられた口元から離して穏やかな老人は笑った。
語尾に星マークなんぞつきそうな弾んだ声。それはそれは上機嫌に。
そして、向かいのソファに埋もれるように座っていた少女に向かって「ね、これがいいよね?」とさらに同意を重ねさせた。もちろん、大好きな祖父のような老人の言葉にも、その決定のすばらしさにも目を輝かせていた。彼は、その少女の様子にも満足げにうなずいてやっぱり女の子はいいよね、と仕切りに呟いていた。
菓子が並べられたテーブルの上、おまけのように散らばった書類に視線をやってそして、目を細める。
人生、楽しみは多いほうがいい。
殊、歳をとったのなら尚更に。
可愛い可愛い可愛い…と後生大事にとっておくわけにもいかないのだと、朝食の目玉焼きの黄身にフォークを付きたてた時、はっと気づいて早3日。
とうとう、10数年越しの計画を実行に移すときが来てしまった。
胸のうちを、明かすには信頼できる人間がいない事に絶望した。別にいないわけではないが、正直使えない気がして仕方がなかった。
しかし、ピカリと闇夜に輝く星はどんな絶望の淵にも見つけられるのだ。

やはり、持つべきものは友人兼共犯者である。
寂しいが、おじじの心は寂しい涙が溢れているが仕方がない。大丈夫だ、きっと可愛い曾孫が待っている!!

「大丈夫、彼らが頑張ってくれますわ」
「そうだね、曾孫は楽しみだ。そうなったら、ユニ。可愛がってくれるかい?」
「弟か、妹ができるみたいですね!もちろんです」

この大人の愉快犯じみた会話についてく、末恐ろしい少女……まだこの世に生を受けて10数年とたっていないはずなのにこのモノワカリの良さ。しかし、そのことについて指摘できるものは、残念ながらこの場にいなかった。
そうして、結論の始めから出ていた巨頭会談はスイーツパーティーへと滑らかに移行した――。





老人には夜も眠れないほど心配な事があった。
守護者という立場に着く友人たちから白い目で見られつつ、衛星中継で日々の成長をつぶさに観察しながら、十数年見守り続けた孫……実際には孫と呼べるほど濃い血のつながりはないのだが、そう呼ばせてほしい。
いや、別に家光を息子と呼びたいわけではない。奈々を娘と呼ぶのは大いに歓迎だが。

話がそれた

マフィアのボスの立場などに付いてかれこれ、ウン十年。
良き友人たちには恵まれていても、家族愛というものには実に縁遠かった。まともな恋愛してきたのかと人生を振り返ってみたが、……なんだ?そう、若気の至り?
そもそもアンダーザダークネスな職業なのだから、そんな心温まる物語があってたまるか。
そう、昔はいろいろとやんちゃをやったものだ。老人だって昔は若かった。ピチピチだった。身に覚えがある様なないような………そんな感じで引き取った息子は、溺愛しすぎたのか、人生かけて反抗期であり、またツンに育ってしまった。
環境が悪かったのか、でもそれも可愛いからパパは許しちゃう。

ボンゴレの血は、男が駄目だ―――駄目すぎる・・・・
後に10代目が気付いたが、どうする事も出来ない。
身についてしまった突っ込み、ボケ倒しのできない、突っ込まずにはいられない性格、察しの良さが10代の不幸の無限回廊のエントランス、煌びやかなゲートであった。


今でこそできた後継ぎを得たが(脅したり強請ったり泣き落したり真っ当な方法で手に入れた後継ぎだ)あの時代悲嘆にくれていた。
次代のボンゴレを担うべき歳の離れた友人が継承権を永久放棄します、と語尾に気持ちの悪いハートマークを付けてこの可愛い娘は何をトチ狂ったのだろうか、何か弱みでも握られたか、脅されているのか、催眠術か、それとも薬かと疑いたくなるほどできた娘と、とっとと結婚しちまっ……してしまった。
大丈夫、お前もまだゼンゼンいける!大丈夫!!街へ行こうぜ!!ナンパしようぜ!!
と無責任に騒ぐチョイ悪を地で行く中期高齢者集団を、久しぶりに〆た。
別にいらだっていたわけではない。自分だって割りとやりたい放題やってきたのだから、今更えらそうな事を言えもしない。
個人的には皆それぞれ幸せになってほしい。ほしいが、しかし組織のことをどうにかしないわけにはいかなかった。個を殺してでも優先しなくてはいけないことが、
ここにはたくさんある。

だから、だ。

ボンゴレ継承権永久放棄などと言う世迷い言が、許されるはずがない。そんな事はナンバー2である家光も良くわかっているはずだ。
しかし、それから一年としないうちにまたパッと光が見えた。
思いつきもしなかったのだから、やはり随分と世事に疎かったと笑うしかない。笑えなくらいに、ウッカリだが。
そう、人生を見誤って家光の嫁になどなってしまった奈々が子を身篭ったのだ。
それはもう、喜んだ。何かあってからではまずいと、ファミリーには伏せ。完全な情報隠蔽、秘されて安全な日本で生まれた赤子は愛らしかった。
そしてそれだけではなかった。
無限の可能性を秘めた小さな掌、世界に力強い産声を聞かせるやわらかな額……そこには、偉大なる初代ボンゴレを彷彿とさせる死ぬ気の焔を燈らせていたのだ。





「初代の再来……いや、そんな事を言っては今こんなにも輝かしいボンゴレを築いてくれている君に対して失礼だね――しかし、当時から君は希望だった分かってく れるかい?」
「……分からないので、端的にお願いします」


主役が放心。
真っ白になっている間にもパーティーは和やかに進んだ、今日ほど何かしらの大問題、大事件が起ってくれないかと切に祈った日は無い。
無意識とは恐ろしいもので、もう何も考えない時ほど完璧なアルカイックスマイルが浮かべられるようになっていた綱吉にとって、パーティーの一つや二つやり過ごす事など容易いことであった。容易いが、ただの酒盛りに雪崩込んだ連中は放って、帰宅する者を見送り、滞在する者たちをゲストルームに案内し、その後だ。
恐れていたのは。
今、この恐ろしい現状の説明が、説明になっていないがされている。


「ましになったとは思ってたんだけど、やっぱり呑み込みの悪い頭だね。可愛い孫の将来を憂いて、三国一の伴侶を探したい孫バカが全人類の履歴書作る勢いで調査しまくって見つけてきた婿候補が僕だっただけの事だよ」

分かった?呆れたように、綺麗な顔をした黒髪の青年……そうだ、青年、男が溜息をついた。何だこの状況?

――いや、分かりません

分かってたまるか!
よくよく聞けば、この老人。ボンゴレ10世の伴侶候補だとありとあらゆるボンゴレ他ファミリー屈指の兵を雲雀恭弥にけしかけたらしい。
そんなマユツバを真面目に信じるバカと、悪乗りするバカと、良く分かってないバカ共、はっきり言う。腕が立っても頭がそれではどうなんだ、イタリアマフィア!
のけ反った綱吉を尻目に、それなりに楽しめたと当人は言う。
全員どんだけ暇?
そういえば、入れ違いに守護者やヴァリアーがボロボロになっていたのはそういうわけなのか。
天井高く積まれた書類の束に追われる毎日を送っていたのは、綱吉だけで周りはみんなそんな遊びに余念がないなんて、良い御身分ではないか。


どのツラ下げて帰ってきやがった、この役立たず共!!!




テーブルを囲むように配された一人掛けのソファ。
皮の手触りを気に入っている逸品だが、今はそんなことどうでもいい。柔らかな座り心地は、しかし今針のむしろに等しい。このまま意識でもぱっと手放して、朝起きたら何も覚えていません、此処は何処私は誰?とか言えたらどんなに幸せだろう。
目の前には、先代(というと怒るので祖父、とルビを打っておく)。
左には、クッションに埋もれながら少し瞼を重たそうにしている少女。大層可愛い光景だが、少女もこの大惨事の首謀者の一角なのかと思うと眩暈を覚えた。
怖くて視線を向けられないのは、右。
香りのよいダージリンが注がれた金彩が施された上品なカップを傾けて、優雅にお茶を楽しむ雲雀恭弥。
そりゃあもう見てくれは一級品だ。艶をはじく黒髪も、切れ長の瞳も、白磁と称することが相応しい肌も、痩身の割にはバランス良く付いた筋肉だとか、陳腐な形容詞では到底足りるとは思えないくらいに。
腕が立つのはもう今更どんな説明が必要だろう、同じ人類ではない。それだけではとどまらず、ほぼ一代であの風紀財団を作り上げた才能。文句のつけどころがなかった。
無いはずだが、それはほんとうか?
悪魔だか、魔王だかバケモノ魑魅魍魎いろいろな形容詞を付けたいが、この場面で彼が雲雀恭弥である事が、もうそれだけで無茶苦茶というかあり得ないというか、なんなのこれ?
雲雀恭弥それ、もしかして新しい四字熟語?

「………それは、どうもお疲れ様でした」
「うん、君でようやくチェックメイト」

綱吉は思う。
駄目駄目の駄目ツナがラスボスたぁ、本当に俺って出世したよなぁ――と。
ただ、出来るだけ視界に入れたくない綺麗な顔の男(だって綺麗だもん)が、魔王討伐の勇者かと問われると否だ。まったくもって、全身全霊で彼の方が100倍世界の敵だ。
噂に違わぬ戦闘狂。いや、それ以上かもしれない。人づてに聞いていた話も大概アレな感じだが、なんだかソレで済みそうな感じがしない。
人は噂で判断してはいけないと母に教えられて育ったが、噂は噂よりも質の悪い真実だろうと今なら分かる。


「わかり、ました。一戦手合わせてください……ご迷惑をお掛けした分は、お付き合いします」


この男は言った。お話にならない群れもいたが、骨のある相手と戦えたから概ね満足だったと。それならば、とりあえず名目上ボンゴレトップの自分が満足いただけるまで付き合うしか、穏便におかえり願える方法がないのだろう。
本気は本気だっただろうが、とりあえず再起不能の者はいないしボロボロになって目も当てられない首ぶら下げて帰ってきた守護者は、結果的守護者とかいう意味で
役に立ったのか微妙なのだが、実力はヨーロピアンマフィアに君臨するボンゴレ屈指だ。
彼らと闘って勝利、皆五体満足、死人も出ていない。
戦闘狂とは聞いていたが、殺人鬼とは聞いたことがない。そこまで趣味の悪い相手では無かった事に、些かの安堵。
一カ月やそこら、病院で過ごすのも、たまにはいいか。
最近、休みも取れていなかったことではあるし。

(……俺って、なんでこんな荒ぶった星の下にうま―――)


「ねえ、ちょっとそこ……なに?」


しみじみと己の身の上を嘆く綱吉の視界に、うっかりと映った不思議な光景。

隣の雲雀恭弥が、きょとんとした後、満足そうに笑った。
いや、美人が微笑むと絵になるもんだなぁ……それは、いいか。それはいいのだ。
逆隣のユニが、ハッとした後。両手を頬に充てて、ポッと赤くなった。
いや、非常に可愛いがこの状況の何がそうさせる?
そして、目の前の先代も頬に手を当てて、そしてポッと―――いやいや、おかしいだろう。


「だって、お付き合いするっておっしゃいましたよね」

夢見る少女の顔で、恐ろしい事を言うもんだ。
3対1。どう考えても正論は自分の筈なのに、戦況は驚くほど不利だ。


「あのね?俺の話を、みなさん聞いてました」


米神を揉みながら言ってみた。何を言っているんだと、三者とも呆れた顔をする。嗚呼そうか、やっぱり遊ばれていたんですね俺は。溜息をグッとこらえた。
今日は何の日だっけ?
もっと、祝われて然る日ではないのか?



「君こそ、話を聞いてたの?」
「はいはい、勿論ですよ。九代目とアリアさんとユニが、貴方を俺の嫁候補にしたって言うんでしょ―――……いっ……たっ」

言っておく。割とヤケクソだ。
すぐに手がとんできたのを、よけもせずに受け止めた。たまには突っ込まれるのも、いいもんだ。
ツッコミスキルばかりが高くなって、最近突っ込まれる事も無かったので何となく新鮮だった。すりすりと、叩かれた頭をさすって、すいません悪ふざけに乗っかりましたと謝ったあと、また続けた。釈然としないが、真摯に礼は言っておくべきだろう。


「感謝していますよ。ひよっこの俺を此処まで育てるのに、………まあ、お遊びはすぎると思いますが……守護者まで引き受けて、いろいろと手を貸してくださったんですし」

実際、これまでなんとかボスとして勤めて来れたのは、結構な無茶振りで叩きあげてくれた、彼の――雲雀恭弥の力添えも大きい。
綱吉の実力に懐疑的だったファミリーを黙らせる事が出来たのは、彼のネームバリューに寄ったところも大きかったと聞いている。
勿論、ファミリーにも彼にも認めてもらえるだけの事は、してきたつもりだ。
しかし、この世界でそこまでやってこれた事に、そうして支えてくれた事に感謝の念を抱かないはずがない。
随分と無茶も聞いてくれたのだと、周りは自分に対して伏せているらしいことも、実は知っている。










「あの…………」


なんだろう、この白けた空気。
呆れた顔が、その三対の目が、それはそれは本当に救い難い者を見る目で、頬が引きつる。
無言だ。
無言の圧力とはこれの事だろうか?これまでのどんな居心地の悪い会議より、集会よりこの空気は恐ろしい。



「あの、まさか………ほ、んき?」


その、嫁、とか?


「君が、僕の、嫁になるんだけどね?」

足を組み直して、肘掛についた腕、甲に顔を乗せて何処を見ているのか、何故か視線を逸らした雲雀に一言一言区切って言い含められる。
なんで、そんな拗ねた仕草?
クルーっと首を回すと、二人が首を振った。肯定だ。




え………





嘘、でしょう?









不憫な綱吉の明日はどっちだ――
マフィアに普通の道徳なんて通じないぞ!!(…?)