わたしのお友達を紹介します!






あの時既に、運は尽きていたのだと思う。




「あ……」


朝であった。

沢田綱吉、現在マフィアのボスなどという職に着いている青年は、生来弱かった朝にも関わらず何とか起き出し、きちんとプレスの効いたシャツに袖を通していた。
もう随分と手慣れた様子でネクタイを閉め終え、これと言って特出したこともない朝であった。
今日は取引先と、外で食事を兼ねた会談。
と言っても、どうせまだ腹の探り合いにしかならないのだろうから、少しげんなりする。
手触りのよいネクタイ、少しも崩れた処の無いウィンザーノットに、ディンプルも綺麗にのっている。
鏡の前で口角をあげてみる。営業スマイルも問題ない。
今日も、とりあえず見てくれの繕いは完璧だ。
そして、最後に取りだしたのがカフス。
煩くないほどの細工を施したシルバーの台に、サファイアのロイヤルブルーに似た輝きを放つ小さな石が一つ。
角度によって、それは深く、紫灰色を刷いたダイヤにも劣らない色をも見せる。
その多色性は、持ち主である彼と、ルースを一目で気に入り購入した店の老店主と職人しか知らない。
彼の気に入りの逸品であった。

それが、今柔らかなカーペットの上に落ちた――。

ころりと転がったシルバーの小さなカフスが、朝の白い光を弾いて、ただそれだけで美しかった。
だが、だから今こうやって拾いもせずに凝視している訳ではない。
落ちた、だけだ。
少し手が滑っただけである。
それだけの事なのにどうしてこの世の終わりの様な予感を持ってしまったのか、だがしかし青年は自分の勘を信じている。

彼の血にはそういう異能が代々受け継がれているのだ。
それが、今彼が自分に到底似合いもしない豪奢な調度に囲まれた生活を送っている理由でもある。

人間に備わったどの感覚よりも、それは命在るものに対して敏感に感応する。
磨き、研ぎ澄まされた直感は殆んど外れた事が無い。
その直感が今、彼に何かを訴えかけている―――ような気がした。
これは、生命の危険レベルに何かまずい事が起こる前触れなのだと、暑くも無いのに背中を伝う一筋の冷たい汗が伝えている―――様な気がする。


暫く、行動は自重しよう。
慎重に行こう。慎重になりすぎていけない事など無い筈だ。
常に彼は、元家庭教師にもっと落ち着きを持てと言われて居るのだ。
いい加減、大人になろう……

いや、ハタチなんてもう随分と前に越えたけど。





「――――よし……」



ゆっくりとカーペットに膝をついて、カフスを拾い上げた。
彼に、ボンゴレのボスに膝を付かせるなど転がり落ちた小さなシルバーとヴァイオレットを孕んだブルーグレーの奇石くらいのものである。









「それでは、お疲れ様でした。このまま邸に戻られますか?」
「うん、早くに終わって良かったよ……悪いんだけど、ちょっと大通りの方に回してくれる?このカフス、修理に出したいんだ。買った店は半年前に店長が引退しちゃったから、いつもの店でいいよ」
「はい。分かりました」

会食は、案外早くに終わった。
根回しが効いたのか、あちらから提示してきた条件も悪くない。これは決めてもいいかなとご機嫌だ、今朝の事などやはり気のせいだったのだ。

なんだ!案外悪く無いじゃないか今日の運勢!!
超直感は風邪気味なのだ。
本調子じゃなかったのだ!!きっと今流行りのインフルエンザに違いない!
おっと、俺には、ご主人様にはうつすなよ!あの何時も鬼な家庭教師か、人間の病気にかかるか分からないが愉快犯な果物にでも移ってしまえ!!


「お?カフスがどした……ツナ?」
「ああ。今日の朝落としたらピンの処、曲がっちゃって。気に入ってるやつだから直したいんだ」

あまり目立たないようにと、やや手狭な気はしたが黒塗りのマセラティ・クアトロポルテ。
首相とおそろい車種など気持ちが悪いので、今日限りボスの公用車リストから抹消しましょう!とそんな意見が聞こえてくる可哀想な車だった。

・・・・・・・このブルジョワが・・・・。

残念ながら、一般庶民の感覚を捨てられないボスからその許可は下りていない。
こっそりと気に入ってもいるのだ。言うと、首相官邸のマセラティ―が今日の夜にでも炎上爆発するので黙っているが。
ホテルからは既にダミーを先行して出させているので、狙われる危険はすくないだろう。何かあっても護衛は、山本武と獄寺隼人何か起こる方がおかしい。
ああ、そういえば二人も守護者を控えさせて居たのだ。
あまり長く話したくないと先方は思ったのだろう。
マフィアとつながりのない政治家や、大企業などイタリアではほぼ存在しない。いろいろと気も使うなぁと思う

そんな、イタリア最大ファミリーボンゴレの守護者たる青年は運転席で爽やかに笑う。


「そっか、じゃあ修理出すやつはそれはそれでさ、俺たちからのプレゼントソレにするか?」
「おい!てめッ…」
「サプライズもいいけど、欲しいもん聞くのもいいだろ?」
「まあ……」
「ぷれぜんと?」

綱吉が座る席とは反対側に周り乗り込んできた獄寺は、振られた会話に噛みつくもすぐに渋い顔をして黙り込んだ。
その様子をきょとんとしてみる。
本当になんのことか分かっていない様子の綱吉に、山本はしょうがないなと笑う。

「もうすぐ、誕生日だろ?」
「あ!」
「最近、忙しかったですからね」


今思いだした自分の誕生日。
親友二人は綱吉の様子に苦笑した。

暖かいなあ、と思う。
やはり持つべきものは友人だ――――――――。


「それじゃあ、行ってくるから少し待ってて」

車道に横付けされた車から滑り降ると、一人店へと歩いてゆく。
スーツの男が連れだって歩くには些か目立ちすぎる麗らかな午後、綱吉は車内の二人に向けて軽く手を上げて店へと向かった。






・・・・・・・・・・・・・・



「ああああああ・・・・・・・・・・」

「・・・・・つ、つな?」
「十代目?どうされました!?」


そんな、ほのぼのとした空気がほんの三十分も経たないうちに存在していたなど考えられない空気が、今車内に満ちている。
車内に二人を残して有名ブランド店へと足を進めた。
これまで幾つかの小物をそろえたりしている店で、顔も知れているのでこの店の商品ではないが、少し無理を聞いてもらえるだろう。
案の定、カウンターに顔を出せばチーフが飛んできて別室を進めてくれたが、時間が無いからと丁重に辞して頼みごとをすれば二つ返事で聞いてくれた。
内ポケットに入れてきたシルクのハンカチにくるんだそれを預けて、車に戻るまで。
気分は上々だった。

向かいの通り、高級ジュエリーショップ各店が軒を連ねるその一角を、うっかりと見てしまうまで。
いっそ本能の域で、視線は流した。
決して留めはしなかった。
目の前を通り過ぎた少女の紅いスカートが、あまりにも鮮やかで自然と目が追った。その時に少し目に入った程度。
愚行は犯さない。
もう一度振り返って確かめるなどと言ったそんな愚かな行動はしていない―――。
しかし、こんな時に良い記憶力が抜群に発揮される。
なんてことだ…こんな芸当ができるなら、学生次代のテストっていったいなんだったのか!?
過った思考はものの秒コンマ一秒にも満たない。自然な動作で、友人たちの待つ車へと戻った。


そして、彼らのボスは錯乱している―――。


「お。早かったな!……ツナ?」
「出して!」
「は…十代目?どうか―――」


後部座席へと戻るなり、堅い顔をしたボスに二人は首を傾げた。何かあればすぐに飛び出せるようにしていた、周りへの警戒は怠らないし綱吉から眼も離さなかった。
問題は無い筈だった、がしかし。


「出せ。」

空気が凍る。
あとにも先にも、ここまで背中を冷たくさせる彼の声には、なかなかお目にかかれない。
体育会系。
元野球少年の瞬発力は抜群で、路駐されていた高級車は急発進をきった。

綱吉を伺いながらも周囲への警戒は怠らずに、けれど訳が分からないと首を捻る二人。
今の綱吉にはそれを気遣う余裕など欠片も在りはしない。


綱吉は、見た―――。
別に家政婦じゃないので、覗こうと思って視界に入れたわけではない。


向かいの店。有名ブランド、ジュエリーショップがひしめくその通り、一軒の店の中。

格式高ぇんなら中なんて見えねーようにしとけよバカヤロー―――!!

あらゆるものにあたり散らしたいボスは、そういうお年頃なのである。
あと数日で更に御年を召すのだがしかし。




クラシカルな石造りの壁に、大きく取られた瀟洒な窓。
磨き抜かれたぴかぴかのガラスにはいってんの曇りも無い。
そこから、ちらりと見えた店内に入って行った二人。
連れだって、何か楽しげに話している姿が羨ましくも微笑ましい男女……。
男は仕立てのよいスーツをそつなく着こなした痩身の青年、女性、いや彼女はまだまだ少女である。
そう、綱吉はその少女を知っていた。
生前はなにかと世話になっていた彼女の母が亡くなったのは、もう随分前のような気がするがその後気丈にも、ファミリーを引き継いだ少女。
母と同じくサイドで切りそろえられた髪は艶やかだ。さらりと後ろだけ伸ばされた髪が、店内のシャンデリアの煌めきを映して揺れた。


「・・・・・・・・・・・・・ごくでらくん・・・」
「はい!十代目!!」

地を這うような声が腹の底から絞り出された。
隣ではらはらと綱吉の様子を伺っていた獄寺は、声を裏返らせてしかししっかりと返事は返す。
仕えて早数年、しかしこれほど応対に緊張した日があるだろうか?いや、ない。
山本はというと、そちらを気にかけてはいるようだが無言を貫いている。

「暫く、ユニと会う予定、ないよね?」
「――はい!ジッリョネロとは暫く……あ。しかし、十代目の誕生パーティーにはいらっしゃるんじゃ…あ、それから――じゅ、じゅうだいめ?」
「そ、そう・・・で、なに?続けて」
「えっと・・・他の大幹部からのものはある程度牽制しておきましたが、今回は9代目とジッリョネロのボスまで十代目に紹介したい人がなんとかと・・・・ッ!!!?」
「あああああああああああ……―――このっ、役立たずっ!!!」
「――――!!?」

綱吉は絶望した。
あの自称姫のナイトのなんと役に立たない事か!

古参の狸がパレードし、先代の笑顔が走馬燈のように日中にも関わらず真っ黒になった目の前をよぎり、そして最後に少女――ユニが、にこりと笑った。
綱吉とは別の方向を向いてしっぽり堕ち込みに堕ち込んでいる獄寺に、非常にビビった様子で山本が無言で見詰めてくるが、そんな事気にしちゃいられない。

どうする、どうする、どうするどうする―――。


ユニという少女、同じ立場という事もあり組織云々を差っ引いて個人的にも良い関係の娘なのだ。
別に恋愛感情じゃない。因みに「御互い周りが煩いようなら婚約くらいする?」と大人の事情である話を振ってみたところ「嬉しい御誘いですけど、そういうのは好きな人に失礼ですよ!」
と何とも素気無くされた返された過去がある。
向こうの方が時折大人びた事を言いはするが、綱吉としては可愛い妹のような存在でもある。

(・・・・あ、そっか。好きな人って・・・そっかぁ・・・碌でもない相手だったらお兄ちゃんが・・・・あああああ)


そこまで思いあたってそして現実。
よくも一瞬の映像を判断したと、自分の視力と記憶能力(…あったんだ、もういっそ無かったらよかったのに)が疎ましい!

少女は非常に楽しそうに、頬を染めて笑っていた。
隣の男の方は、弧を描いた口元が嫌に記憶に残る。御揃い、いや彼の方が夜の闇よりももっと深い黒の濡れ羽のような髪、キラキラと輝くシャンデリアが照らしたのは驚くほどの美貌。
おいおい、そんな御高い御店で何買ったんだお前!
保護者!猿二匹連れたあいつはどこに消えた!!もう消されたのか!それとも認めちゃったりなんかしたのか!?


お兄ちゃんに紹介しなさい!
ここに連れてきなさい!!
御兄ちゃんがそいつを見極めてやる!



言えたら、よかった。
言えたら、よかったのに。
好都合だ。うちの娘を貰って行くなら殴らせろ……

言えたら よかった。



彼女の隣を歩いていた青年を、綱吉は知っていた。
いや知っていると言うには、少々特殊過ぎるが、考え得る限り一番最悪な出あい方と別れ方をした。
強烈な記憶だった。
若気の至りと言うにはあまりにも・・・・







――――――――数ヶ月前、街でナンパした男が妹の彼氏だって?!







「あのね、会ってほしい人が……いるの」
お父さんもお兄さんも通る道ですね。
ちょっと続くみたいです。あれ?