「よくきたね、クローム」
女王陛下は上機嫌だった。
高い天井から幾重にも垂らされた布の、最奥に隠れるような玉座に在りながらも、誇示する存在感はやはり流石一国の主といえる。
落ち着いた声で近衛を下がらせた後、彼は親しい者にのみ聞かせるやわらかい声で、少女の爵位ではなく名を呼んだ。
その立場、地位にあるまじき気安さでひょこひょこと壇上から降りてくると、膝を付いて最高礼を取るクロームの手をとって歩き出す。
彼女の後ろに控える執事には、一瞥の視線もくれない。
使用人の身分でありながら、謁見の間へ通される事は非常に、身に余るような名誉であるので、あまりすぎるので、謹んで辞退申し上げたいのだが、しかしなぜかそれができない。
そんなことをしたら、主が一週間以上帰ってこないし、いやそれよりも、コレに何を吹き込まれるか分かったものではない。
「今日は、うちの雲雀さんがオハギ作ってくれたからね。緑茶にしようか、あ。それよりもお薄の方が好き?」
「はい。陛下がお好きなものは私も好きです。いつも出してくださる雲雀さんのお菓子もお茶も、とても美味しいです」
「そう?雲雀さんも喜んでるよ。ありがとう、クロームはいつも可愛いね」
朗らかな微笑を浮かべて、自分の頭一つ分低い位置にあるクロームの頭をポンポンと撫でながら、今日も今日とて上機嫌である。
執事は礼を取りながら、ちらりと見た。
基本的に、コレが不機嫌な顔をクロームに見せる事はほぼ無いと言っていい。
美貌と言うは柔らかい印象が強い面立ち、小柄ではないけれど、線の細さで繊細さを醸し出す造形は、確かに即位同時は近しい古狸にも舐められたものだが、今は皆が知っている一つの武器である。
柔らかな髪は蜂蜜色から、光に透けて薄い金色に、同じ光彩をもった瞳は澄んでいながら底が読めない。ただ、それを感じさせる鋭さを持たないところが、得体の知れなさを増す。
二十を少し出たばかりだというに、一国を背負うだけの資質は確かに持っていた。
本日は灰銀の光沢あるフロックコートに似た裾の長い上着。合わせを幾つかの装飾品で留めて、揺れる房飾りも控えめなアクセント。
威厳よりも、柔らかな印象を与える衣装は良く似合っていたが、国主としては幾分か地味かと思えなくもない。しかし、着飾って謁見に望むような場ではないのだ、華美な印象は無いが品よくまとまっている。
本日も、コーディネイトした相手の好みが良く分かる逸品である。
少女と談笑する横顔。肩には、丸くふくふくとしたぬいぐるみの様な鳥類がいて絵面にはとても和むものの様な態を醸していた。
(今日も、驚愕の・・・・・・・・開いた口が塞がらないカワユスの放出ですね)
呆れ半分、しかし感心、否感動すら覚える。
「ん?何か・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・・・ナンデモ、ナイ』
もはや自然界で生きてゆく事など不可能な丸さを誇る鳥が、動物的直観で失礼な事を考えていた果物頭に、器用に頬をピクリとひくつかせた。
(執事には確かにそれが見えた)
くりくりと主人に頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を細める小鳥、そして柔和な微笑みを浮かべた主人であるその青年。
手を引かれているのは、黒髪の美少女。
絵になる構図だ。
男が女王を名乗っていても、百歩譲って実にファンシーかつメルヒェンチックで、日がな一日眺めていようとも飽きの来ない眩しさである。
今なら漏れなく、主人は勿論別枠だが、付属品の兵器のひとつであるきらきらのフィルターが掛った女王と呼ばれつつ、明らかに付くモノ付いた性別に見合う呼称を見失った暴君だろうが、プリプリフワフワの見てくれながら、獰猛かつ凶暴で肉食な大自然を冒涜する鳥であろうと、大きな愛で愛せそうな気がした。
多分気のせいだけれど。
「それで?今日は何のご用ですか」
日がな一日眺めていても飽きない、などと思いはした、確かに思ったが……。
否、飽きたわけではない。
飽きた訳ではないが、日が傾くような時間になるまでたっぷり空気扱いされて喜べるほど、マゾではなかった。流石に少し疲れる。
カメラの持ち込みも、勿論盗撮も許可が下りなかったので、尚更だ。
「暇だったから、クロームとお茶したり食事したり、庭の秋薔薇鑑賞したりしたかっただけなんだけど?」
「一国の主が暇なはず無いでしょう・・・・・・・・・・」
何食わぬ顔で、柔らかいクッションが敷き詰められたソファに埋もれるようにして座る女王。その膝の上には、白い指先で撫でられながら、気持ち良さそうにまどろむ黄色い小鳥が一羽。
これまで談笑していたクロームの姿は、今はない。
昼食から同席した、黒い死神の愛人が連れていった。なにやら腕のいい仕立屋が来ているらしい。その事については、異存は無い。
彼女であれば、もっと華やかなドレスを勧めてくれるだろう。自分も折にふれては提案しているが、しかしなかなか呑んでもらえないのだ。
打ちひしがれたい気持ちも無いわけではない、しかし使用人の身分で提案以上の意見もできはしない。
まあ、早い話がこの女王・・・・・・・・・・彼の趣味で己も実益を得ている。
カチャッと陶器の音がした。
優雅に足を組んで紅茶のカップを傾けながら、面白そうに女王が目を眇めている。
差し込む陽光に角度が付いて、瞳が燃えるように揺らめく。先ほどまで蜂蜜のようなとろりとした微笑みを浮かべていたのが、嘘のようだと思う。
しかし、彼はそうでなければ面白くない。
今、主である少女が未だ知らない、まだ見せる事のないもう一つの顔。
本来の彼がどちらかなど、どうでもいい。
そうでなくては、自分が仕えるに値しない。
そう。
今の主人を迎えに行けと命を出したのは、紛れも無くこの女王だ。あらゆる情報網を駆使して、捜し出した彼女を自分の庇護下に迎える為に。
この王家は特殊だ。
七つの国宝である指輪を有し、一つは王が、残りは王が認めた守護者へと渡る。
守護となった者は、それだけでは国政の役付きではないが、国の中枢に立場を置くのが慣例。六人の総意であれば、王権にすら介入できるほどの権を与えられる。
だからといって、公の要職に付く事が強要されるわけではなく、自己の利益と主個人からの依頼で動く者も勿論いる。
中枢のもので無ければ知らない。
『守護者』と呼ばれる選び抜かれた人間、立国神話そのもののように人知を越えた者を従えられものただた一人が、ボンゴレに君臨する事を許される。
女王の信頼、ただそれだけで得る守護者と言う立場は、しかし彼らからの国と主への忠誠を絶対の条件とはしない。隙あらば女王の首を戴きますと言ってはばからないものすらいるという。
実に危ういが、この危うい主従関係を支えているのが王家の血。
平たく言ってしまえば、女王が気に入れば誰でもいいのだ。血統が野生の勘でGOサインをだし、気に入った相手に、うん。と言わせ指輪を渡せたらエスカレーター式に、玉座に登れる。本人の望む望まないは別の所にあっても。
その守護者の一人だったのが、六道骸だ。
外交、と言うよりも諜報活動が主だった骸を知る者はほぼいないのが、幸いした。
女王がなぜ、彼女を保護したのかは知らないが、何時の間にか見つけ出してきた少女の養育を任せるには・・・・・・・適任かどうかはともかく、護衛としてはピカイチである。
ビジネスライクだったはずが、今非常に燃えたぎって仕事をしてしまっているのは、デステニー感じてしまったからなので致し方ない。
そんな訳で、今の主人の傍を離れるのは気が進まないが、無下にして酷い嫌がらせを受けるのは本意ではないので、とっとと済ませてしまうに限る。
面倒事ばかり持ちこんできて、大変に困る女王陛下だがキレ者であるのは確かだった。
他にも駒は幾らでも居る。
向いているかはともかく、荒事だろうが隠密行動だろうが彼個人からのお願いなら、なんとか言いつつもこなす、性格だけに問題がある守護者だっている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・居るには居るが・・・・・・・・・。
ともかく、任務中の者を呼びだすと言うのが不可解だ。
名の通った名門の跡取り、おまけに頭の回転も予想以上に良い。言葉は悪いが、今から手名付けておいて損はない娘。猫っ可愛がりしてはいるが、そちらについてもぬかり無く運ぶつもりなのも、良く分かる。
あと数年すれば社交界にもデビューする。本格的に大人社会に足を踏み入れれば、クロームもいずれ真実を知ることになるだろう。
けれど今はまだ早い。彼にも、まだその意志がない事だけは明白だ。
迂闊な事は絶対にしない男だし、自分もその手の隠し事には自信がある。しかし、それでもやたらと呼び出しを掛けてくるのはどういった了見だろうか。
「はい、何でしょう?」
不意に女王が、すっと王家に伝わる指輪の光る手を振り、何かを遮る仕草をした。
次でオチも無く終わります・・・orz