※タイトルで察せられる通り、なんだか非常に不憫な骸さんと愉快なボンゴレ夫妻の酷い話でごめんなさい。
ほんとうに申し訳ありません!!!

なパラレルです














クフ執事 Ⅰ


時は何とか世紀。

世間は蒸気機関の全盛期だとかコークスを飲み込んで汽車が動く割には、鉄っぽいものが空を飛んだり、鉄っぽいものどころか、人間が炎を吐きながらひゅんひゅん飛ぶとか、奇怪奇天烈な現実が跋扈するとある国。
ついでにいろんな技術でよくわからない動力もある、何をどう突っ込んだらいいのか、よくわからない時代。
脈々と受け継がれる血脈の元、王制がなんでだか未だに活き活きと生きた国の御噺。

そして、飾り立てた貴族は四頭立ての馬車を仕立てて、今日も王城へ。
 

これは、平和な国の中。外交にも、内政にも何の不満も不安もない、やり手の陛下とそして、彼に使える諸々の諸君の物語……。



・・・・・・・・・・・のはずだ。






「さあ、コレでよろしいですね」
前衛的な分け目から、頬にさらりと流れる髪をふっとかきあげると、青年はいたく満足げに微笑んだ。
今日の薔薇は、香りも色も、そして綻んだ花弁も全てが完璧であった。
満足である。
それはもう、心から。

白いグローブの嵌められた手には、今摘んだばかりの白薔薇の花束。
爽やかなこの美しい朝に相応しい花は、主人の朝食のテーブルに飾られる。
広大な屋敷の敷地は、まだ半分以上藍色の影が落ちて完全には夜は明けていない。そっと手を翳して、温室から顔を出したばかりの朝日を仰ぎ見る。
頭の中で、主人の本日の予定を反芻。
今日も社の新商品開発会議や、取引先との会合が分刻みで詰まっている。

「さて、今日もスケジュールを遅らせるわけには行きませんね」

主人も忙しいが、彼女のスケジュールを管理する彼もまた、十分に忙しい日々を送っている。いや、いっそ彼の方が細々とした雑務もこなしている分、毎日厳しいスケジュールで動いているとも言える。
しかし、彼に疲労の色などひとつも見えない。

――ほら、僕優秀ですから☆







       所謂、一人上手である。






「おはようございます」
「・・・・・・・・・・おはよう、ござい、ます」

朝日が差し込む食堂の大きなテーブルに着いて、フリルのふんだんにあしらわれた濃紺の上着と、ゆんわりと幾重にも布を重ねて膨らんだスカートを揺らして少女は朝の挨拶。襟元のリボンも、綺麗に結んで。澱み無く、爽やかな朝に相応しい透き通るような声で口にしたのは、執事。ではなくて、主人の方。
御歳十二歳。
小作りで整った顔のパーツの配置、透き通る宝石の瞳は隻眼で幼いながらもどこかミステリアス、薔薇色の頬に唇も全てが可愛らしくも可憐で、ラブリー。
とても、この広過ぎる敷地を持った屋敷と領地。更には事業まで細い肩に背負っているとは思えない少女。
それが当家のお嬢様である!

執事、本日も敗北。
彼女を部屋まで起こしに行き、起床の挨拶を一番に交わし、目覚めの紅茶を淹れ、お召変えを手伝い・・・・・・・・・・・・。これは本来の彼の仕事の筈である。
しかし、残念ながら遂行できた事がほとんどない。
彼の心中や、本日も朝から敗北感が悶々と充満して、できれば今ここで膝を突いて屑折れたい。それを代弁するように、ハラリと前髪が一筋乱れた。
いや、いけない、これではいけない。
 

執事たる者、この程度で屑折れていてどうします?
 

朝の儀礼のように今日も彼は、己に言い聞かせた。

「あの・・・・」
「いえ。今日もお早い起床でらっしゃいますね。まだお休みになっていらしても大丈夫でしたよ?」
「陛下が、自分の事は出来るだけ自分で出来るようになった方がいいと仰ってくださいましたから。だから、なんでも頑張ってみようと思います」
「・・・・・・・おのれ・・・・」
「むくろ、さま?」

主人の控えめな声に、何でもありませんとそして私に『さま』付けなどしなくても宜しいのですよ。と微笑んで、そして朝食の給仕を始めた。
つくづく余計な事ばかりする……。
どことなくパイナップルの房をしゅんとさせている男は、六道骸という。
黒の燕尾服に、同じく黒のクロスタイ。襟にはシルバーのに輝くピン。この家の執事長に代々受け継がれているものであった。

彼がこの家に、小さな主に仕え始めて、早一年。

女王陛下の統治する国ボンゴレの名門家系とはいえ、血統が途絶えて久しい屋敷に、先々代の御落胤であるところの隻眼の少女を伴って帰還し、それだけの年月が流れた。
手っ取り早く説明すると、そんな感じなのだがこの辺りの諸々の経緯は、どうでもいいというか関係ないというか、正直詰めてもいないので割愛させていただく。

女王陛下が認めたから、それでいいのだ。
 

・・・・・・・・・え、こんな横暴いいの?

そう思う事無かれ。上が良いと言ったから別に良いのだ。

いいんですよ。誰に迷惑を掛ける訳でもないので。
そんな理由で、主人が執事を『様』呼びしていることもとりあえず、さらっと流していただければと思う。気にしてはいけない、そして指摘してはいけないポイントなのである。

「さて、お嬢様本日のご予定です・・・・・・が・・・・・・・?」

語尾が疑問形になる、仕方がない。
今、まさに話しかけていた少女がひどく嬉しそうに、微笑んでいた。いや、満面の笑みを浮かべられるほどこの少女は表情豊かではない。
いつもならば瞳の揺らぎや、口元でそれらを測るのであるけれど、しかしどうした事か、今日は朝から頬を少し染めて、嬉しそうに微笑んでいた。
そういえば、華美な衣装を好まない性質であるのに、今日の衣装はどうだろうか。色は濃紺といえども、やわらかいベルベットのジャケットに、ドレスシャツには緻密なレースが贅沢にもたっぷり、同じくふわりと膨らむ濃い色のスカートもいつもよりも少し丈が長く品の良い出で立ち。
あと、かわいらしいデコレーションケーキのような帽子でも身に付ければ、それはそのまま・・・・・・・・・・・。


―――まさか・・・・・・・・・・・まさか!

くっと、振り返ると食器を黙々と下げている千種が表情の読めない顔で、一つ頷いた。
とりあえず、己の部下で有るはずだ。なのに、どうして事後報告か?
必要以上どころか、必要であるが僅かばかりしか使用人を使っていないこの邸。コックが給仕どころか、その他までこなしているのがそんなに不満だったというのだろうか。

「僕が、温室に出ていた時に何処からか使いでも…?」

お茶をすする主人に話しかける無作法を気にする余裕などなく、聞いてしまった。
顔が引きつる。
嫌な、とことん嫌な人間の匂いがいまぷんぷん漂い始めていた。

「はい。陛下からご招待をいただきました」

ニコニコと微笑む少女の手元には、見慣れた印章が押された封蝋、この王国の正式な印章のモチーフは二枚貝。使う事が許される人間は一人しかいない。
舌うちをしそうになるがその、上品なクリーム色の封筒は既に開封されている。

「骸様が温室に出られた後、使いが・・・・・・・・・・」

そっと千種が後ろから囁いてきたが、もうそれどころではなかった。
そうだろう、そうだろうとも。
いつも、抜群のタイミングで彼が応答出来ない時に届くその封筒。
自分が戻る前に、彼女が手ずから開封する手紙と言えばもう知れていた。主人以外、触れる事が出来ないその封書、押された印章は言わずもがな彼女が仕える王家のものである。
例え先に、自分の手元に届いたとしても、後で何が起こるか分かったものではないので、こっそりと無かった事にしようとまで思ったりしないというのに……まあ、向うが嫌がらせのタイミングを図っているに違いないのだが。
人間離れしているというか、そもそも人間ではないというか。始祖に当たるモノは伝承の様に、ありがたい神の末裔だとかそんなものなどでは無く、サタンだきっと間違いない。なのであれもきっと魑魅魍魎の類に違いない!
今日の予定を反芻する。
社で新商品開発会議、取引先との会食、それから語学とピアノ、ヴァイオリンの家庭教師も・・・・・・・・。
くるりくるりと考える、どれも全て蔑ろにしていいものではない。

もう少し早めに寄こして下さいよ!

予定を調整するのも結構大変なのだ!!
しかしだからと言って、この程度の理由で召還を辞せる相手ではないのが忌々しい。権力とかナニソレ、職権乱用反対!!
何がどこで間違ったのかと言うなら、この世の中何から何まで全て間違っているのだから、その問い自体がもう愚問だ。
どうしてこうなった?それを問うなら、自分の預かり知らないところで自分の力の及ぶところよりも、遥かに遠くて大きな大人の事情だとか、何者だかの思惑でこうなっている。
抗う事も出来なくはないが、そうすればそうするだけ、失わなくていいものを失ってしまう。
心で涙しながら、そっと主人を伺った。
女王陛下からの、お召しだ・・・・・・・・・。
主人である少女、クロームはふわふわと、見るからに嬉しそうに、執事が腕によりをかけて作る彼女が好きなケーキを頬張るよりも幸せそうにしている。
何が一番間違っていて、何故にこうなったのか甚だ謎で、素晴らしく恐ろしいのかと言うと、コレである。
クロームが、この相手を慕っている事だ。
親愛と畏敬をもって、アレに仕える事を誇っているのである・・・・・・・。

「今日のドレスは、これでいいですか?」
「・・・・・はい、良くお似合いですよ?」

ハッとしたように、骸に尋ねるその可憐な仕草。
我が主ながら、国中に自慢して歩きたいくらいである。だのに、嗚呼ソレなのに――。
彼女が気にしているのは、彼の女王陛下のご機嫌一辺倒。いや、別に悪い事ではない、ご機嫌伺いに行くわけではないが、ソワソワとドレスを気にするこの様子は歳相応でたいそう可愛らしい。
この前の謁見、「可愛いけれど、少し地味すぎるかな?女の子はもっと華やかでいいんだよ」そう言って、早々にその場に呼び付けた仕立屋に春色のドレスを仕立てさせたのは陛下。
それもこれも、陛下の趣味なので気にすることは全くないのだが、主人はこの調子。
目に入れても痛くないほど可愛がるとはよく言ったもので、彼女の行動で女王の機嫌を損ねるなどまず無いのだが、その辺りまだ良く分かっていないらしい。
そこがまた、可愛がられる所以なのだろうが・・・・・・・・・。
主人が、我らが女王陛下に目を掛けて貰っている。

因みに余計な事だが、あえて付け加えておこう。
このままでは、別カプ噺なのでは、という誤解をされかねない。おまけに、幼女趣味の危ない国主と思われるのも本意ではない。

「無いピョン、無いピョン。骸しゃんの方がよっぽど危ないピョン」

これが、脂テッカテカの中期高齢者であったら対策も練らねばならなかっただろう、しかし問題の女王陛下は身寄りの無い主人に対して妹、家族の様な愛情を向けてくれている。
「文句はないんです、コレと言って文句はないはず…」
ふう、何故でしょうか?頬に手を当てて、息を吐く執事。都合のいい耳は、使用人がワゴンを押しながら呟いた言葉を華麗にスル―した。

「――ッ!9627とか279627とか、悪魔の数字が僕の頭を過りました!」

  ・・・・・・・・・・  無いわぁ。それ、無い。

12歳相手にどんだけ受けなんだ・・・・・・では無くて。
この世の絶望を味わっているかのような温度差をものともせずに、既に見慣れた光景を気にすることもなく、冷静な使用人たちは馬車の手配など余念がなかった。
朝から執事の頭が不憫過ぎる。






タイトル先行、出オチ。
いえ、すいません落ちなんかありません;