雲雀恭弥はボンゴレの邸にいた。
ボンゴレのボスと恋中だからといっても、自分の組織を持っている彼は常駐できるわけではない。しょっちゅう顔を見せることも、生来の性格を置き去りにした大改造改革劇的びふぉーあふたーの後である事を差っ引いても、物理的な距離が邪魔をするので難しい。
そんな訳で、今現在久しぶりの逢瀬であるので気分良く、他の人間から見ればどう見えようとも、まさに意気揚々。
軽い足取りでボンゴレ本部の、レッドカーペットを歩いていた。
歩いて、いた。
過去形である。
すい〜っと、我先にと廊下をまっすぐに目的地へと羽ばたいていった鳥が戻ってきた。
雲雀を置き去りに、飼い主の想い人へと飛んでいったスピードは何時もの小鳥の小鳥らしい飛び方ではなく、気合いを入れブーストの掛った最高速度。
それを越えるスピードでユーターン。
ちょん、と雲雀の肩に止まった。
視線をくれれば、すっと逸らす。
動物のくせに人間臭い仕草がいちいち胡散臭い生き物である。
しかし、それでこの奥の角を曲がった先に誰が居るのか、分かってしまった。
「よう、ヒバリ。おめーもマメな事だな」
どうしたものかと、嫌な溜息を落としているうちに姿を現した男。
今は赤ん坊の姿から、本来の姿に戻ったボンゴレ10世の家庭教師。
下手な仕草を出来ない雲雀の代わりに、諦めたように肩を竦めたのは肩の鳥であった。
片手を上げて、鷹揚な仕草を見せる男、一目見ただけで分かってしまった。
別次元に、伝説のヒットマンを連れ去ってしまう、スイッチが入っている…………雲雀は、正直今一番地球上でこの男の扱い方が分からない。
「なんだ、ダメツナの回収か?どうりで、いつもの倍必死に仕事してるわけだな、目がだいぶ死んで……おい、なんだよ」
「……ああ、ごめん。甘やかし方はどうしたもんかとおもって」
「は?お前も変わったな。そんなんだから、ダメツナが調子に乗るんだろう」
「うん。僕も甘くなったもんだね」
―――勿論、君に対してだ。
言っていい言葉と、駄目な言葉があるのはもう学習しているのだ、雲雀だとて良い大人であるので。
しょうがないじゃない……大人になるって、いろんな枷ができる事んですね。
恋人が遠い目をして呟く声が聞こえた。
――気がする。
放置しておくのが甘やかしというわけで無い、現実を突きつけないのが甘やかしなのかと言われると、どうだろうか?何を言っても脳内常春には届かない気がする。
黙してやり過ごすのが、一番早く解放される近道だと知っているのだ。
甘い・・・・ん?なんだろう、少し言葉が違う気がするが、この男と付き合うのに多少の上から目線でも持っていなければ、正直やってられないのだ。
「で。君はこのまま仕事か何かかい?」
「ああ。素直じゃないのが困ったもんでな、お仕置き、だな」
スキップで、ターンまで入れてしまえそうな浮かれてる彼の様子を見ればわかる。
分かりに分かりすぎてしまう。
このまま目も当てられない、ぎりぎり犯罪行為か奇行に移るに決まっている、無性に嬉々としている。こんな時は、水を向けてやった方が、早く分かれられる。
先ほど延々と妄言を綱吉に対して垂れ流してきたであろう彼であるが、他にそのくだらない内容を聞かせる相手もいないのである。
マシンガントークは、いつも不意に始まる。自分からタイミングを取って戦線離脱する方が賢い。
綱吉の二の舞に、自分までこんな廊下の真ん中で捕まりたくはなかった。
しかし。
――――おしおき?
「そう。邪魔したね」
いや、邪魔されたのは雲雀の方であるけれども。
さよならリボーン。
かつて、焦がれるほど一戦交えたかった親愛なるヒットマン
安らかに。そして、永遠なれ!
――――――いい加減土に還れ
「なんだ。今日はお誘いなしか?恋人ができたくらいで余裕がなくなる様じゃ、まだまだ青いな」
「……は?」
「時間もある事だし、今日くらい付き合ってやるぞ?」
今まさに、疲れ果て傷心であろう恋人を慰める術をあれこれと模索していた脳の回転が、少し逆回転する。
ちょっと、待て。
綱吉、この元家庭教師に何を言った?
まさか、自分の身を護るために、病める時も、健やかなる時も、何故か自分たちにだけ絡んでくる死神(精神的な意味で)に捕まってしまった時も、苦楽を共にしようと誓った恋人を売ったのではあるまいな……。
「おいおい。なんだお前そんなに俺が好きか?恋人と俺を天秤にかけてちゃいけねー……っぶ」
「あ。ごめん、蚊が」
右手が動いた。無意識の平手。
自分がコントロールできないなんて、確かにまだまだである。
「………少し放っておいて焦らすくらいの余裕見せねーと尻に敷かれるぞ?」
手綱とって、手の上で転がせねーとな?
ニヤリと笑った。
本人は大人の余裕の笑みであろう物を見せられるが、しかしだからといってどうしていいのか分からない。
余裕?
敷かれる?
手綱?
転がる?
「覚えておくよ。もう行くから」
「へいへい。仕事詰る前に返してくれよ、あれでも時給換算高く付くボスなんでな」
余裕で
敷かれて
踏まれて
良いように操られて
転がされて
哂われている男言葉だ。
何もかも、もうどうでもよくなってきた。
色恋に関してもすこぶる感は良いはずなのに、どうした事だろうか。
解放されたのに、この脱力感はなんだ。
―――ああ、そうか。
そして、再び歩き出してすれ違いざま、もう一度足を止めた。
「―――赤ん坊」
「お?やっぱやるか」
「やらないよ」
「即答かよ」
「……………」
「で、なんだ?早く……」
「赤ん坊、僕は思う」
「なんだ、改まって――…」
「多分君は、目覚めたんだね?」
「そうそう。恋に……て、ヒバリ、おい……?なんで、そんなイイ顔でわらう?……なあ、」
ポンポンと、リボーンの肩を2度ほど叩いた後、雲雀はもう振り返らなかった。
その真意。
盲目の恋に生きるリボーン大先生が知る日が来るかは、神様も知らない―――。
なんか、いろいろ。
ほんとにいろいろ、申し訳ありませんでした。
そういえば、誰の恋人がドSなんでしたっけ・・・・?あれ……恋 人 ?