「やあ、雲雀君。もう傷はいいんですか?」
胡散臭い笑顔を大盤振る舞いにやってきたのは六道骸だ。
時間は早朝。
まだ濃紺の空は明けておらず、包み込む空気も凛と冷たい。
そんな時間に、いつもの黒のスーツをきっちりと着込んだ雲雀は早足に歩いていた。
その人目を避けたような雲雀の行動に、目を細めながら骸は声を掛けた。
袖の裾からのぞく薄く巻かれた白い布に目を落とした骸が問う。
最強の守護者と謡われる雲雀も無傷ではすまなかった。
しかし風邪で入院したりするくせに、傷の治癒能力は以上に高い彼のこと、絶対安静といわれているくせにすでに置きだして平気な顔で歩いている。
(完全に大丈夫。というわけではないのでしょが)
さり気無く左脇に添えられている右手。
無意識か利き手を優先に守る戦い方をしたためか、左の傷が酷いと医師が言っていたか。
おとなしく寝ていればいいものを。
事後処理に使える人間は過去へと飛ばされていたため無傷なのだ、何もかも押し付けてしまえばいい。
いや、そもそも事後処理だの後片付けだの彼には誰も何の期待もしていないが。
勿論骸自身も、無事というわけではない。
随分と派手に力を使って、彼の半身である少女の身体も限界まで使って、ありとあらゆるものを酷使して、本来なら実体化するほどの力を使うのも非常に疲れる常態だ。
総力戦とはよく言ったものだ。
本当に、すべての力を使い果たした。
「煩いね。今君と遊んでる時間はない」
最近の彼はつまらない。
非常に淡白だ……。
以前は姿を見せるだけで殺気立ったというのに。
「昔はあんなに愛してくれたのに」
「…………」
「え。無視ですか…ほんと、つまらないですよ!」
「ねえ、雲雀君」
ひくりと方眉が震えたものの、そのまま無言で通り過ぎようとする雲雀を骸はさらに呼び止めた。
立ち止まったのは、そのいつにない骸の声の響きから。
「逃げてしまわないんですか?」
例えば、それは文字の羅列として雲雀にとって悪魔の囁きに近い。
そういう類の言葉だ。
何もかも無かった事にしてしまえるのにという、そういう意味を含んだ言葉だ。
今の自分にはそれができることを雲雀は分かっていた。
いつもなら相手にしなかっただろう、聞き流しただろう。
けれど、今の骸の声には常にある世界を斜に見た声ではなかった。
この世のすべて何もかもが、愚かしい物であるかのように、それを嘲笑うような、孤独な道化にも似た響きを持っていなかった。
純粋な問いだ。
時折、この男は雲雀や綱吉個人にはこういった疑問を投げる。
どうして?なぜ?貪欲に答えを求めるでもない、しかし澄んだ水の中から引き上げたような無垢な言葉。
答えが無いならそれでいい、自分で適当に結論付けるでもなく、またゆっくりと湖底に沈めてしまおうという、そういう、もの。
ゆっくりと振り返った、雲雀は口の端を持ち上げている骸に向き合う。
人を食ったような笑みではない、しかしこういう時の骸はずっと高いところにいるようなそんな顔をする。
それが、なぜか癇に障らないのだからおかしいが、この男の根本がそうなのだろうと雲雀は結論付ける。
付かず離れずといえば無性に近い気がしてきもちわるいが、それでも敵ではなくそれなりの付き合いを不本意ながらも10年していればどんな相手でも見えてくることの一つや二つはある。
極彩色で塗りたくって飾り立てた道化は気に食わないが、この男の聡さは嫌いではないと思う。
感じているのは嫌悪ではない。
しかしどうしようもなく殴り飛ばしたくなるのも、この男の性状だ。
しばし考える素振りをしていた雲雀を見ていた骸は、自分からはもう何も言うつもりは無かった。
答えはともかく結論など、彼の行動を見ていれば出る。
それに口を出すつもりはない、だから今しかないのだと思った。
あの二人は随分と危うい均衡を持ってバランスをとってきた。
他の守護者はともかく、骸にはそれがたまらなくもどかしいもののように思えて仕方がなかった。
彼らの立場やらを考えれば、理想の関係だろうがそれで人間の感情が割り切れるのか?
そもそもマフィアなんぞ壊滅しようが自滅しようが別にどうでもいい骸だ、少したきつければ面白いことに……と考えないでもない。
ないが、だからといって、何を行動するでもないが。
彼は、沢田綱吉と雲雀恭弥という人間を個として気に入っている。
他人のあれこれ、特に色恋に口を出すなど無粋だと常々思いはするものの、こと彼等に関してはどうしようもなくやきもきした。
なんとなくいい感じのような、そうでないような……
もう片方に言えば、傷のひとつや二つですまないだろうという予測が立ったため、数年前に綱吉に聞いたことがある。
「ハッキリしないなら恭弥君僕が寝取っちゃいますよ」
まったくこれっぽっちも彼とどうこうなんて思ってもいないため、冗談半分どころかそこは冗談120%なのだが、その後の綱吉の行動がすばらしかった。
その後、3ヶ月…いや半年ほど骸の顔を見るたび机に突っ伏して声を上げる余裕も無いほど涙を流して笑い転げたのだ。
徒然と思い出しつつ、もういいかと踵を返しかけた骸は、けれど足を止めた。
目の前の雲雀恭弥が口を開いたから。
「馬に蹴られて死んじまえ」
ぽかん。
と、だらしなく口を開けた骸を置いて再び歩き出した雲雀をもう骸は止めはしなかった。
まったく予想外だ。想定外だった。
随分と晴れやかで穏やかな顔でこれ以上に無い答えをくれたものだ。
「雲雀君、あんな風に笑えたんですねぇ」
なんとなく寂しいような気持ちになって、自分で呟いた言葉がたまらなく可笑しい。
いつもの笑い方ではなく、くすくすと笑みを漏らして。
そして、骸も、消えた。
言葉どおり、霧散して。
つかつかと、歩を進める雲雀は先ほどの男の言葉を思い出していた。
考えなかったわけではない、けれど浮かんで、直ぐに消えた。
――――彼が、それを望むはずがないから。
そういう彼に惹かれたのだ。
何もかもから引き剥がしたとして、いったい何になる?
今は無い虚しさを覚えるだけだろう。
いずれ直面する問題なのは分かっている、これが最初で最後のチャンスだろう。
気づいている者も、口をつぐむだろう。
彼が望むなら。
けれど。
「叱り飛ばすよりは、目の前で泣いてやる方が彼は堪えるかな」
けれど、自分は彼の守護者でありたいのだ。
そっと目を開ける、開けたはずなのにそこはまだ何の光も無い暗闇。
五感が少しずつ、ひとつずつ起きて来るのが分かる。
思い切り空気を吸い込むと、むせ返りそうな花の甘い香りが肺を満たした。
萎びたはずの花なのに、香りだけはまだ甘い。
狭い箱の中では身動きが取れない、けれど今自分で起き上がろうとは思わなかった。
どうせ叱られるなら、最後まで隠れていようと思った。
ゴトリッ
重い音が耳に届いて、刺すような白い光の筋が目を焼いた。
口元が笑むのを止められない。
そうして、笑み崩れたままもう一度彼は瞳を閉じた。
――― おかえり ―――
繋がってるような繋がってないような5題。
雲雀さんは綱吉さんの真意を知ってるよー、いやいやでもでも何も知らないでいきなりそんな知らせが着たらすごい切ないよね!云々、限りなくいろいろなシチュエーションに萌えてる最中なので、前提が全て違っていると言う計画性の無さ……。私は信じてる、雲雀さんのもとに(これ大事)戻ってくるって信じてます!!
ともあれ原作で明かされてしまう前にどうにかしたかったのですが、どうにもいろいろ手を触れなかったところもいろいろと。
結局の基本スタンスはこんな感じでいこうかなと書き始めて見たのですが粗と自己完結が目に付きますね。
彼らの微妙な恋愛編から先に手をつけるべきでしたし、その辺りの描写はもっとしておくんだったと読み返して気づきました。
こんなに雲雀さん虐め倒すつもりじゃなかったのに(ごめんなさいうそです)