「起きて……母さん、起きてって………言ってッーーった…」
「夫の出張中に他の男を寝室に入れるなんて私も落ちたものね……けれど、覚悟は出来ていて?この罪は命を持ってあがなってもら……あら、なにしてるの?」
「うん、いつもの朝の修行か何かじゃないかな?ご飯で来てるよ」
何事も無かったかのように薄く笑って、少年はいつもの様にしゃあしゃあと言い放った寝汚い母に向かって朝の挨拶をした。
父不在の今、この人の面倒をみるのは自分しかいない。
羽毛布団に手を掛けた瞬間、手入れの良く行き届いたたおやかな白い指が手首に絡む。
逸りそうになる心を宥めて、冷静に対処。ここはあえて抗わずに部屋の隅まで投げ飛ばされるに甘んじた。
空で体制を整えると、音も無くカーペットの隅に着地。
仕方が無いなと振り返った顔面に、飛んできた追撃は、紙一重で受け止めた。
ベッドサイドには今凶器となるものは何も無いはずだった。
大理石のマーヤ人形などを気に入って買ってきたときはぞっとしたものだが、うまく父が何処かに移したらしい。
商売道具である分厚い広辞苑もどきな本は流石に大事なのだろう、投げられた事はない。
知る人ぞ知る恐ろしい夢のカタログは、今年はロムにしたと既に察している。
あとは精々枕か、フロスト人形程度。
そんなものはおそるるに足らない……。
そう思っていたのだが。
少々見込みが甘かった。
油断していた訳では無いけれど、相手が上手だった。
それだけである。
「どうしたの?冷める前に戴きましょう」
「あ、うん。クロックマダムにしたんだ、卵は今から火入れるから顔でも洗って来て」
それは楽しみね、とガウンを羽織って出てゆく背を見送って本日の反省。
何とか顔面直撃を免れたそれを拾い上げた。
「P4Gコンプリートガイド、フラゲか……(現在まだ未発売だったんだよ!)力を司る者、恐ろしいな」
紙の束と侮るなかれ。
この厚み。
この重さは充分に殺傷能力をもっている。(そのはずだ!)
「大丈夫だとは思うけど、気を付けていくのよ。足りないものがあったら送るわ、向うに着いたら連絡しなさい?あと、叔父さん忙しいのだから菜々子ちゃんの事、ちゃんとみてあげるのよ?それから……」
「解ってるよ母さん。そうそう、電車乗る前にお土産買おうと思ってるんだけど何にしようか?」
「そうねえ、美味しいお菓子が無難だけれどあそこのデパ地下お店何入ってたかしら」
半熟の卵にフォークを突き挿すと、とろりとしたオレンジの卵が白い皿にゆっくりと広がってゆく。
チーズも良い感じに溶けたし、出来は上々だ。
テーブルの上をゆっくりと見渡す。
ガラスのボールにはみずみずしいレタスとトマト、ルッコラベビーコーンのサラダ。
少し大きめの自家製クルトンを散らしたかぼちゃのポタージュ、それからリンゴのコンフィチュールを掛けたヨーグルト。
冷蔵庫の中身は概ね使いきれたはずだ。
溜息をつきたくなるのは、この目の前に掃除洗濯家事一般に壊滅的な、いや実際本当にあらゆるものを壊滅させる人の日々の生活は一体どうなるのかという事である。
「そうだエリザベス、見かけたら連絡するのよ」
「わかってるよ」
「あ、そうそう。これテオドアから預かったの」
「テオドア叔父さんね。何故、マーラストラップ?」
「お守りみたいよ、恋愛成就の。そんなもの努力次第だというのに……あと、ハーレムも良いけれど、一人に一途の方が私は好きですって」
「好きと言われても……あー今回はリバースしないらしいからねぇ」
「そんなこと言ってると、自分の行いを振り返って苦悩する時が来るのよ。主に10月以降に」
「やけに具体的な」
「ふふふ。ほら、そろそろ仕度なさい一緒にデパート行きましょう、その後駅まで送ってあげるわ。お皿洗いくらい母さんも出来るもの」
「うん。じゃあ、任せるけど所で」
「ええ?」
「父さんは海外、母さんは次何処に出張なの?」
――――――――え、言って無かったかしら?八十稲羽って言う所よ。
…………あ、なんかその地名聞いた事ある気が………。
「さあ、来なさい。力を示してみせなさい――」
『ちょっと、先輩!!誰?キレーな人……』
「相棒!来るぞ」
「センセー?」
「先輩、いきましょう……どうしたんですか、どーしたんですか!!?」
「アレ、強いよ。マジ強いよ、本気で強いよ、世界が5回救えるくらいには強いよ……」
「センセーが真っ青クマ」
「俺たちは一人じゃねーだろ」
「大丈夫、僕たちはきっと勝ちます!」
や、そうじゃなくて、そうじゃない訳じゃないけど、そうじゃなくて
……だ、誰って言われるとちょっと……ちょっと………言いづ、らい…
マーガレットがお母さんだったら、ソレ……怖くない?
っていう思い付きです。
すいません。