[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
薄暗い部屋の光源はパソコンのディスプレイが発する光。
何台もの端末が24時間休みなく演算を繰り返すその部屋が、彼の研究室。
昼も夜もなくプログラムを組み、そしてそれを破壊する彼…入江正一にはその空間は、決して居心地の悪いものではなかった。
―――これを与えた人間があの人でなければ。
「すいません、遅くなりました」
『いや、構わないよ。3分の遅刻くらいはね』
彼がいつも持ち歩くノートパソコンのディスプレイ、メールの受信を知らせるアイコンが点滅するその横、小さな丸いアイコンを彼はクリックしてパスワードを打ち込んだ。
開いたウインドウに人影が映し出される。
嫌味を言った割には機嫌は悪くないことに入江は見とがめられないように息をついた。
ある種、彼の上司レベルで機嫌を損ねてはいけない人間である事を、彼はよく知っていた。
外部と通信を繋ぐことがどれほど危険か、エンジニアである彼は十二分に知っていた。
だから、それは一見ランダムに見える規則性を伴ったタイミングで、短時間で行われなければならない。
その時、その時間だけ、セキュリティに穴があくように組んだプログラム。確かにこの基地の責任者は自分で、なおかつ全プログラムを組んでいるのは彼本人である。
しかし、彼は彼の上司が100%己を信用していないこともまた承知している。
胃痛の種は絶えない。
「そちらからの指示どおり、何とか進入路の確保はできそうですけど…」
『ああ、最悪使わせてもらうことにするよ。そろそろそちらも突入準備をしている頃だろうしね、それに紛れられるならいいんだけど…あの子はいい顔をしなさそうな手段ではあるけれど』
「ええ、あとは…正直、彼…いえ彼ら次第です……で、何でしょうか?貴方から非常通信というのは正直驚いたんですが」
『うん、僕としたことが大事なことを君に頼んでおくことを忘れていてね』
「はい。何でしょう?」
首を傾げるものの、いやーな予感がひしひしとしてきた。
画面の中の人間が非常に、非常に真顔なのが、更に彼の勘に何かを告げる。
これまで、3人で何度も協議を重ねてきたがそんな表情はほとんど見たことがない。常に、何か斜に構えた感がぬぐえない男だったはずだ。
おいおいおいおい…まさか……
『うん。君、これからそっちでの事は全部モニターするでしょう?それ、あとでよこしなね。ああ、綱吉がいるコマだけでいいよ、てゆーか綱吉がいるコマは取りこぼすんじゃないよ、しっかりズームかけてね。わかった?』
「………あ、ええ…はい」
『何…』
「いえ。なんでもありません、こちらでモニターする画像、それから僕が個人で状況確認用に用意したカメラの映像は保存してそちらにお送りします!」
『うん。それでいいよ、だから何があっても君のマザーは死守してね』
リアルタイムで送信してもらってもいいけど、それは足がつく可能性が高いからね計画に支障をきたすことは極力したくないし。
じゃあ、それだけだから。
―――――――――っプ。
一方的に通信は切れた。
入江正一は頭を抱えるようにして椅子に沈み込んだ。
あえて口にはしなかったものの、彼の瞳がそれはもう雄弁に語っていた。
『撮れてなかったら…わかってるよね?』
と。
わからない、解りたくないがしかし、解らせられるのは絶対に御免被りたい。
前門のなんとか、後門の……。
「もう、嫌だ」
泣きたい。
本気と書いて、マジで泣きたい。
何で20も過ぎてこんな事でマジ泣きなんてしなくちゃいけないのだろう。
ちなみに、これで後ろ側の門も閉ざされた形だが、前の門というのは実は彼の上司白蘭ではなかったりする。
もう一人の共謀者との最後の通信の際に、彼も密かに…重大なお願いを入江にしていった。
『雲雀さんのね、映像は全部頂戴ね!ってゆーかちゃんと綺麗に撮っておいてね、ズームしたりフカン、アオリ、アイレベル…えーと、カメラはたくさん用意しておいてね!』
――――――――やってくれるよね?
この時の威圧感。
入江氏は生涯忘れないと、その後某黒衣のヒットマンに酒を奢られながら語ることになる。
彼ら……彼に関わったことから、不幸は始まるのだがしかし、過去をどうにか変えられるのならとうにやっている。
すべてが済んだら、きっと画像の処理に追われるんだろうとこの時すでに確信していた。
入江氏の平穏は未だ 遠い――。