「眠い…帰る」
くるりと背を向けて去っていく背中。
ここ最近ずっと、朝はラル・ミルチトの特訓、午後からは雲雀との特訓。
徹底的に鍛えられていた。
殴り込みまで、もうほとんど時間がなかった。
敵との戦力差など、誰に言われずともわかっていた。そもそも、戦闘に出られる人数の桁からしてお話にならないのだ。
だからと言って何もしないよりはいい。
薄々…
雲雀が、折を見て、タイミングを見計らっては何かと理由をつけて帰ってく本当の理由を綱吉は気が付いていた。
気遣われているのだ。
あの雲雀恭弥に。
そのことに気づいたときから、少しずつ何かが変わり始めた。
見えなかったものが、見えてきた。
「ひばりさん……」
ぽつりと呼びかけた声に、彼は振り返った。
その表情は、どことなく喜色を孕んだ穏やかさをもっている。
驚いた。
こんな表情を見せる人ではないと思っていから。
綱吉は確信した。
きっと、この人が何よりも先に問うてきた問題の答えに、きっと自分はたどり着いた。
「あの子は、僕を呼ぶ時、そんな風な響きで、呼ぶよ…」
綱吉を見ているのに、どこか視線が遠い。
きっと、彼が見ているのは綱吉ではない。
柔らかく、甘く響く心地よい声は、きっと今の綱吉が聞いてよいものではないのだろいう。
それを酷く悲しいと思った自分に驚く。
「ひばりさん、ひばりさん…俺、逢いたいです…」
「…うん。僕も、逢いたいよ」
今目の前にいる相手の名を呼びながら、けれど求める人の名ではない。
無自覚に零れてゆく言葉を、雲雀は穏やかに聞いていた。
そして吐息のように零す。
切ない願いだ。
ここにはいない誰かを想って、切望する声は痛いほどに。
けれど、先ほどと変わらず、穏やかに紡がれた雲雀の声に綱吉は年月の重みを見た。
ようやく気付いたこの淡い色の心よりも、もう焼き付いてどうしようもないほどに色濃く根を張った想い。
―――こんな未来を迎えたいわけじゃない
ぎゅっと目をつむると、すぐ近くに気配を感じた。
ふわりと頭を撫でるやさしい手のぬくもり。
こんなにも、この人は大人になってしまった。
帰りたい
かえりたい
カ エ リ タ イ
逢 い た い
初めて、引き裂かれるような心の痛みというものを知った。
そうして、恋に気づく