(なんで、いつもこんなかなあの人!!)

『オワッ…』
「ああ、しっかりどこかに捕まっててね」
『ツナヨシ、アンゼンウンテン!』


まだ昼間の熱の篭るアスファルトを必死に蹴りながら、頬を伝う汗を手の甲で拭うと綱吉はラストスパートを掛けた。 目の前にはもう学校が見えている。
パーカーの中にすっぽりとはいった丸い鳥が非難する声にも耳を貸さず。

さあ、あと少し。

夕飯を終え、ランボたちが風呂にはいっている時間が唯一、綱吉がこの家にいて静かに過ごせる時間ではないだろうか。
風呂場の方からは楽しそうな声が聞こえてくるので、どうやら奈々もそれほど大変な思いはしていないだろうと思う。 リボーンはどこかに出かけていて、ビアンキも留守。デートだろうか?
それならばそれでいい。 冷蔵庫から冷たい麦茶をグラスに注いで自室にもって上がってきた時、ちょうど窓ガラスが控えめにコンコンッとなった。
この家、いや自分の部屋にはこの窓から乱入してくる人間が多すぎる(いや、限られてはるけれど)。 しかし、今日に限ってちゃんとノック? 警戒しつつ開いたカーテン。
窓の外にいたのは一羽の鳥。
『ツナヨシ、カエレナイッ。ツレテケ!ツレテケ!!』
カラカラと音を立てて開いた窓から飛び込んできた鳥を手に止まらせながら、ああそういえば鳥ってよる目が見えないって言うよね。
夏は陽が長いといっても、8時を前にしたこの時間はもうそれほど太陽光の残滓が探せない。 でも、この鳥に関しては嘘だよね? だって、リング戦の時ばりばりの深夜だったのにヒバリさんのまわりどころか、学校飛び回ってたじゃん?

「ヒバリさんが呼んでるの?」
『ヒバードエライ!ツナヨシカワイクナイ!』

ぷうとむくれて地団太を踏みたそうな雰囲気を察して、えらいえらいと頭を撫でるとそれだけでご機嫌を直した黄色い鳥。 素早く羽織ったパーカーを手振りで示すと嬉しそうに収まったので。それだけで満足らしい。 背中の辺りが暖かい。というか、熱いが仕方ない。

「潰れそうになったら出て来るんだよ?」
『ン!』
可愛らしい声がするのに困った笑みを零すと、風呂場の奈々に聞こえるように少し出てくると告げると走り出した。


「っは…リボーンのお陰で体力付いたよなぁ、俺」

こんなに全力疾走したのに、この程度しか息が乱れていないのと、校舎に駆け込む際にちらりと見た時計でその時間を測りながら一人ごつ。 呼び出すなら校門くらい開けておいてくれても良いだろうに、それを飛び越えて校舎に入るとまっすぐに階段を駆け上がった。
照明など非常口の緑しかなかったけれど、昨今本当の暗闇など人工的に作らねば日本には出来はしないのだ。 あまり気持ちの良いとは言えない夜の校舎を構わず駆ける。
目指すのは屋上。

『オツカレ!』
「君もね」

息を整えて、屋上への重い扉に手を掛けた綱吉の肩にいつの間にか上ってきていた鳥が頬にすりすりと寄ってくる。 体重をかけて、押し出すように扉を開くと真っ先に鳥が飛び立った。
薄情な鳥め。



「随分早かったね」 迷うことなく給水塔への梯子に手を掛けると、上から降ってきた声。
そして同時に片手だけで軽々と引っ張り上げられる。

「もう!こんな呼び方しなくて良いじゃないですか!!」

今日の下校前にも一度顔を合わせた。
けれど、この様子だとたぶんその頃にはもう決めていたに違いないと思う。
すとんと腰を下ろすと、冷たいペットボトルが差し出された。用意のいいことだ。
ありがとうございますと一応礼を言うと口をつける。 そういえば、財布も家においてきたと今更に思い出す。取るものもとりあえず出てきたのだ。 冷えた清涼飲料を一気に喉に押し込みながらなんだか、行動パターンが読まれてることが悔しい。
「一緒に天体観測しようと思って」
ポケットに手を入れたまま空を見上げる雲雀に釣られて綱吉も首を反らす。

「あんまり見えませんけどねー」
「ムードのないことを言うね。大都会とまではいえないまでも一応都市部なんだこのくらいで上々だよ」
「うーん。あの辺りが天の川ですか?」
「かもね」

今日は七夕ですもんね。 と呟くと、珍しく素直にうんと答えが返ってくる。

「でも、ヒバリさんなら天の川飛んで超えられそうだし、泳ぐのなんて簡単そうだし、むしろ橋掛けたり、埋め立てとかもう出来そうですよね」
「今日の君はまったく持って可愛くないことばかりいうよね」

しかし、まったくその通りだと思う。
夜の校舎の屋上。
ムードとしては悪くないが、夜といっても充分に蒸し暑いし、ここからは繁華街の明かりが良く見えるし、天体観測する場所としてはいいのかどうかは解らない。

「そうだよ、飛んでだって泳いでだって渡れるよ。けど、君も会いたいと思ってくれてないと意味がないじゃないか」

鳥を飛ばして、そんなの口実だとわかっていながら、パーカーに入れて全力で走って。
一晩預かるとか、選択肢はあっただろう。
でも綱吉はここまで来た。


―――ヒバリさんは、俺に逢いたいとおもってくれたんですか? 確信犯の楽しげな声は、雲雀の唇に吸い込まれて消えた。





ねえ、だから
どんなに遠くにいたって 離れていたって 互いの居場所すら知らなくても
僕らは会える気がしない?






七夕にかこつけまして! BGMは大塚愛/プラネタリウム(まんまだ…)






「ヒバリさんヒバリさん!」
「何?」
「白鳥にしては丸すぎませんか………?」
「…………………………」
「…ごめんなさい」