※雲雀さんが可笑しな人ですごめんなさい。
大学時代は二人で同棲してたらしいです。
そんな話です。
「あ、お帰りなさい。もう少し待ってくださいね、すぐ夕飯できますから」
「……うん」
「そんな目で見ないでください。失敗してませんから」
「………着替えてくる」
玄関からキッチンの脇を抜けてダイニングへと現れた雲雀に、綱吉はお帰りなさいと告げると、またいそいそと手を動かし始めた。
流がされた、というか、成り行きというか、むしろ外堀を埋められていった感じで、雲雀と同棲を初めて、早3ヶ月が過ぎようとしていた。
一応大学生である綱吉が、大学に籍があるらしいが何か暴利を貪れる副業で忙しいらしい雲雀よりも先に帰れるのは、当然の事で、必然的に掃除洗濯に食事の準備と、家のことは綱吉が……
という役割分担が当然であるのだが、しかしそこは雲雀がなぜか反対した。
「僕はそんなことをさせるために君を娶ったわけじゃない」
「いやいや、結婚してませんよ」
「将来的に君の家に養子に行くことになったとしても、別にかまわない。君は君らしく、鍋を焦がし、キッチンで爆発を起こし、ありとあらゆる香辛料をぶちまけてくれたらそれでいい!」
「指輪も貰ってなければプロポーズもされてませんよー。あー、でも飯は作れってんですね」
君と暮らしてゆく上で決めておかなくちゃいけないことがある。
と、このマンションに綱吉がやってきた当日にリビングのテーブルを挟んでサミットを開催した結果、食事はほぼ綱吉に、掃除洗濯は雲雀の割り当てとなったのである。
「まさか、こんな事になるなんて…」
「それは同感だよ」
盛大についた溜息がハミングする。
「君が、料理ができるなんて……誤算だった」
「褒められてるようで、全然そんな気がしませんねおかしいな…」
「だって、誰が想像できる?今までの君の駄目っぷりからこれが」
キッチンの対面カウンターに所狭しと並べられた料理の皿。
ハーブとオリーブで飾られたサーモンのマリネ、サイコロのように正方形に切られた細かい野菜が色鮮やかなスープ、その横にはジャガイモとかぼちゃから手作りしたトマトソース仕立てのニョッキが湯気を立てている。
「今日は買い物行ってる時間が無かったので、品数少なめですいません。でもちゃんとデザートにオレンジのシャーベットは用意しました」
ペッパーミルを片手に殊勝に答えるエプロン姿の綱吉は、かなり完成度の高い夕飯を作り上げていた。
テーブルの上には、布巾の掛けられた籠の中にいっぱいのバゲット。
綱吉は料理ができた。
できるどころではないくらいにできた。
唯一できることと言ってもいいかもしれない。
実に繊細なものまで見事に作り上げた。もともと、母子家庭なうえに料理上手な彼の母のことを考慮するなら、ありえない話でもないが、沢田綱吉のことなのだ。
だれが想像できよう。
「おかしいな…」
「まだ言いますか!」
「僕の計画じゃ、毎日君が散らかしたキッチンを僕が…って、台無しじゃない!!!」
「どんな逆切れ?不条理ですよ!無茶苦茶じゃないですか!!あーもう!明日の弁当に脂身ばっかの安い肉炒めて、今日ののこったジャガイモでコロッケでも揚げますよ!あと、油のった秋刀魚とか焼くんでそれでどうですか!!!」
「うん。盛大にやるといいよ」
誤算だった。
思いもよらなかった………
「今日、重曹とスポンジ新調してきた」
「………好きにしてください」
雲雀恭弥はまさか、信じられないことに無性に家事が好きだった。
いや、それだと語弊があるだろうか?
掃除を愛していた。
こと、キッチンのお手入れには心血を注いでいるといってもいい。
いつもピカピカだ、モデルハウス並に。
リボーンと話してる時くらい、恍惚とした顔でフライパンを磨いている人である。
たぶん、ダ●キンだとか目じゃない。
ありとあらゆる洗剤、石鹸、よく分からない薬剤と用具全て完備。
もちろん、いつも後片付けは全て雲雀。
手待ち時間に片付けてしまいたいが、それをすると叱られる…しこたま……。
油でギトギトの換気扇とか、汁物の激しく焦げ付いた鍋とか、夢に見るとかぶっ飛んだことを言い出すくらいに、好きだ。
それじゃあ、自分でちらかせばいいと言ってみたがそれはポリシーに反するらしい。
ついでに他人の家のことは、何がどうなっていてもどうでもいいらしい。
ちなみに、学校の掃除だとかは家事ではないので範疇外。彼のルールが存在している。
なんて事。
嗚呼、世界は不思議に満ち溢れている!!!
「ま、よかったよね。下手に交際長く続けると、いざ結婚に踏み切れないとか結婚してもそこでお互い、これまで知らなかったことを知って「こんな長く付き合ってきたのに…!」てショックで分かれる確立高いらしいし。僕らは適当なところで踏み切って」
「中学からだから充分に長いと思いますよ。ついでに、他に俺の知らないどんな彼方が隠れてても今更驚きやしませんよ、だって雲雀さんだし」
「可愛いこと言うよね。今更殺し文句?」
「あ。都合よく解釈しましたね」
「別に僕だって、君ならキッチンを素晴しい事にしてくれそうだからって、事だけで選んだ訳でもないし」
「『事だけ』ってことは明らかに要因のひとつではあるんですね」
「何?不満でもあるっていうの」
「いえございません」
「幸せですって笑ってればいいんだよ、奥さん」
「じゃあ、さっさとプロポーズでもしやがれよちくしょう」
そうこうしながらテーブルに皿を運び終えると、行儀よく手を合わす。
向かい合って、2人で食事。
とりあえず、今日も彼等は幸せです。