「だ、大丈夫か……?」
――――――――――……ヘンジガナイ。タダノ、シカバネノヨウダ。
流石のリボーン先生も困った。
余りに想定外過ぎて困り切っていた。放っておいてもいいのかもしれないが、このままではボンゴレのボスと、風紀財団の委員長を再起不能にしたヒットマンとして、更に闇世界に名をとどろかせてしまう。
何も知らない者が聞いたらそれはもう神がかった所業であって、崇拝するに等しいのであるけれども、いつもいつでも遊びをクリエイトするリボーン先生としては、ガチでボンゴレを風紀財団を敵に回すなんて事は間違ってもごめんなのである。
流石に生きづらくなってしまう。
(アジアはまずいな…ヨーロッパも当然無理……アメリカは……ちょっとギャンブルか………クソッ、地球は案外狭いな)
それでも、逃亡先をいろいろと考えてしまうくらいには我が身の危険を感じている。
キラキラと硝子を通して入ってくる日差しが恨めしい。
温室よりも更に奥まった場所に設えられたサンルーム。
幾つかの品の良い調度と、植物が趣味良く配置された空間。幾つものドレープを重ねて垂らされた薄布はきつすぎる光を和らげて、非常に心地の良い場所。
そして何よりも静かである。
ここをいたく気に入った雲雀のために、常にそれとなく人払いされた場所。
そう。
ここに、よくクッションの効いたカウチに掛ける男が、一人。
汲んだ指の上に額を当てて、またふっかーいため息を、一つ。
闇を溶かしこんだ髪に艶を刷いて、白磁の肌はどこか作りものめいている。
硬質な美しさ。憂い顔すら鑑賞に値する。
ボンゴレはもとより、全世界のアンダーグラウンドに名を轟かす男。
細められた瞳に宿る光を認めるだけで、誰もがその背に死という恐怖を知る。
10代ドン・ボンゴレ最強の守護者にして、一代で風紀財団という世界屈指の地下組織を作り上げた怪物。
「ねえ、赤ん坊………雲雀恭弥って、誰だっけ?殺してこようと思うんだけど」
ただし。今日は破滅を宿す瞳にどうにも覇気が無い。
「いや。うん……その、ダメツナに始末されたみたいだから、もう死んでるんじゃねーか?」
…ふぅ―――ッ
また長く息が吐き出された。
昨日の事だ。
日付が変わった直後辺りにリボーンの携帯が鳴る。
ディスプレイに表示された名前に、口角が上がった。けしかけてやった甲斐があったというものだ、さあこの心優しいリボーン様を崇めろ!気持ち的にはそんな感じである。
後継ぎ云々の問題に、実はリボーンは口をはさむ気などさらさらない。
無いというか、そもそもそんな権限を与えられてはいない。確かに10代の教育の全権を9代目より委ねられてはいるが、そんなところにまで口を挟む事が許される立場では無いのだ。
妻は娶らないと決めたのは彼である、沢田綱吉ではなく、ドン・ボンゴレの意志なのだ。
意見することはできようと、彼の意志に反する事を強制する事などいっかいのヒットマンには許されない領域だ。
伝統を重んじるボンゴレでは特に。
それが分かっているから、危篤にもおバカな弟子にもう何年も特別な想いを寄せる委員長さまはこれと言って、リボーンに対して意見をしないのだ。
それはつまり、ターゲットである綱吉が未だフリーだと声高に公言しているに等しいわけであって、別の危惧も孕んではいたが。
リボーンが本気であったなら、とっくにどちらかが死ぬまで殺し合っている。
しかしその割に、動かない―――
そんなわけである。
弟子もあれでいて案外敏い子供だ。もう数年もすれば、多分自分の予想以上にしたたかになるだろうことは分かっている。
つまりは、もう少しで遊べなくなるから今のうちにからかっちゃうゾ☆。
先生の趣味の一環。かつ、優しい先生、弟子と孫弟子の恋のキューピットだってやっちゃうYO☆
という余りにも余計なお世話かつ、迷惑な御遊びなのである。
感謝されこそすれ、罵られる言われは無いので、存分に俺様を讃えやがれ!
跪け崇めろ奉れ!
そんな感じだ。
ボンゴレ存続云々、呪われた血の輪廻に終止符云々なんてぶっちゃけどうでもいい。
だって、沢田綱吉も青春真っ最中。
片想いと言う甘酸っぱくもほろ苦い若さ一杯、切なさ満載の海で遭難中なのである。
先生はなんでも知っている。
リボーン様がみてる。
追い詰められれば切羽詰まって綱吉が頼る相手など、知れいている。
「よう、元気か青少年!駆落ちなんて思いきったじゃねーか」
『………君の教え子は、思い切り良すぎるんじゃ、ないかな…』
フフッと電話の向こうの声が怪しく笑った。
君、この子にちょっと負荷掛け過ぎ……。と
そんな教育は一切していないリボーン先生である。おいおいやるじゃねーかダメツナ、ナニヤッタンダヨ。なんて自分も哂ってしまう。
意識的だろうと、無意識だろうときっと雲雀を頼るだろうことは分かっていた。
まだまだ青いなあ、とニヤニヤする。
この二人に温度差がある事に、突き抜けてる雲雀など、これまで相手にした事がなかったリボーン先生は読み切れなかった。
――――あれだ。うん、ツナが雲雀に寄せる想いを読み切れなかった
リボーン先生は後に語ったとかなんとか。
「ど、どうした?」
義理とか人情とかそういうもの、身うちには甘いリボーン先生は孫弟子である彼に尋ねてみた。
『ここはどこ?私はだれ?』的な展開なのか?まさか記憶なんとかこうとかいう処に話が流れてしまうのか、ソレはいろいろ面倒なことになる。
「……きく?」
「あ。いや、やっぱいい」
「遠慮せずに聞きなよ」
ゆらりと、自分の脇に立ったままのリボーンを仰いだ男の顔が哂った。
それはもう、薄ら寒く―――。
雲雀から電話があった後、驚くほどあっさり雲雀の携帯のGPSから居場所を割り出し、そろそろずんどこ仕事がたまってきたので迎えに赴いた。
その時から、何かおかしかったのだ。
ホテルのロビーのソファ、優雅に足を汲んで待ちかまえるリボーンに顔色を変えたのは案の定綱吉のみ。
「――――ッリボーン…おれ、誰かと結婚なんかしないから」
覚悟を決めて、師である自分に意見する時の弟子の瞳は強く、一生口に出す事はないがリボーンは少し誇らしい。
だって、好きな人がいる!これからもきっと変わらず、ずっと、ずっと!!
悲痛な覚悟を決めた顔を見た。
言う事などない。先生はリアルボーイズラヴに喧嘩売ったりなんて別にしない。
少しやつれた弟子、何故か存在感薄くも憔悴しきった雲雀。
―――まあ、どうでもいいか。
けしからん、もっとやれ。
「お前らの好きにしろ、帰るぞ。雲雀も乗れ、そっちの車はあとで拾わせる」
「っふう。リボーンにちゃんとこれくらい言えないとダメだよな、俺。でも、なんでだろうちょっと今手冷たい、けっこう疲れてる、これは疲れを回復する行為で……ん?んん?びっくりするくらいにリアルなんだだけど…」
こんな公衆の面前で話す事は無いと顎をしゃくると、綱吉の反応がおかしい。
何かをしきりに呟いている。
「あれ、今俺何してんだっけ?覚悟決めて研究室行って、告白予行演習妄想しようかなて思ってたら、…途中でリボーンが見合い写真をもってきて……あれ、俺逃げた?逃げた……逃げた、これ現実かな、あれどっから?えーっとえーっと、あれほっぺ抓っても痛いんだけど」
そんな綱吉を、ちょっと濁った眼に期待と疲れとそんなぼろぼろでも滲んでる愛しげな、なんともびみょーな色をのせて雲雀はじっとみている。
「ああ、こんにちは。ひばりさ……ひばりさん…ヒバリさんとヒバリさんひばりさんはひばりさんで………雲雀さ…ん……ひ、ひひ」
壊れたか?おいおい雲雀よ、ボンゴレの大事なボスに何してくれたんだ?呟きが止まらない。
「起きる?」
「なんかお疲れですね。お疲れですけど、ちょとこの存在感……イタッイタイイタイ叩きつけるような殺気はちょ……と?」
何を貯め込むような事があったのか、雲雀の放つ空気はリアルに皮膚を裂きそうだ。この世界に入ってもう暫く経つ。
本物の殺気を読み違えるような事はしない。
「いや、俺そこまで自分にサドじゃな……あ、あああああああああああ!!!!」
そうまでして、綱吉は漸く赤くなって、青くなって、しまいに白くなって。
雲雀の顔を仰ぎ見て、ガチガチに固まった腕を伸ばすと、頬、額をぺたぺたと触れる。
そして、この世の終わりの顔をした後。
昏倒した―――。
それがリボーンが客観的に知る全容だ。
それ以外は知らない。
――――――――――あ、あれ?お前らまだくっついてねーの?
綱吉の様子に、肺の中の空気を全て吐き出した雲雀。
軽々と抱き上げると、歩き出した。
「赤ん坊帰るよ」と振り返りもせず言われれば、どちらが迎えに来たのかもわからない。