「沢田さん、どうぞお使いください。作ったばかりですので、足も付きにくいかと」
「………すいません、甘えます」
首をかしげる雲雀を他所に、彼の腹心である草壁は手配していた車のキーと、己のクレジットカードを惜しげもなく綱吉に差し出した。
そのカードの色に、ちゃんと働きに見合ったお給料もらってるんですね、と割とせっぱつまってる癖に安心したと後に沢田綱吉は、部下で親友でもあるバジル氏に語ったとか、語らないとか。
「で、なんなの?」
雲雀恭弥はハンドルを握りながら疲れたように助手席に座る綱吉へと問うた。
草壁哲也に、『私は本日沢田さんとはお逢いしておりません、今回恭さんは渡伊されておりません』と、なんとも物分かりの良い言葉を完璧な礼と共に放ったかと思うと、なんだか感激しましたと咽び泣きつつ、お幸せになどと言いながら送りだされた5分後。
はっと我に返ってキーを奪い取ると、ハンドルを握ったのは彼には自殺願望など無いからである。
沢田綱吉の握るハンドルなど、信用できたものじゃない。
「さて、理由を聞かせてもらおうか沢田綱吉」
「……聞きますか?ほんとに聞いちゃいますか雲雀さ……すいません、洗いざらいお話させていただきます」
いい加減、事の主導権を奪われたままの雲雀は片手でハンドルを切りながら、無言で懐を漁った。あまり好きではないし、今後も決して自分の手には馴染まないであろう金属の冷たさが指に触れる。
仕方がない、そういうお国柄だ。
持っていた方が話が簡単なのだ。この歳になれば所謂処世術というやつも身に付く。
「それが、ですね…」
あ―――
……う―――――
「ひぃやぁあああああああああ!!!?」
「ねえ、僕カーエアコン嫌いなんだよね。風通しよくしようか?」
「やめて、やめて!!ヒバリさん、それマジっぽいです!本気ですか!!?」
「風穴あけるくらい、なんでもないじゃないか」
なんでもある!
なんでもないはずがない!!
死ぬ気どころか、本気で死んじゃいますよ!!
正面を向いてハンドルを片手で握るヒバリ。
片手は銃を手に、勿論銃口は助手席でモヂモヂとし始めた沢田綱吉。音もなく気配もなく突きつけられていたそれを認めると、彼は血相を変えて両手をあげた。
一発ぶっ放せばいい風が入ってきそうである。
「言います、言いますから、ソレ仕舞いましょう!?」
「…………」
「……ね?………ねね?」
呆れたように眇めた視線をちらりとくれてやった後、懐に銃を仕舞い込む。
あからさまにホットしている隣の相手が、少し雲雀をむっとさせた。それも、隣の沢田綱吉の知るところではもちろんないけれど。
「実は、リボーンが……」
そんな事だろうな。
半分予想していたその言葉に雲雀はまた息をついた、流石にそれには気づいた綱吉がこちらを覗ってくるが先を促すように無言を貫く。
ボスの地位について早数年。
もう彼に意見などできる人間は、ボンゴレ内外問わずほぼ居ないはずであるのに(勿論事実とは若干異なる)、未だに彼は家庭教師に頭が上がらない。
勿論、生涯そんな日は来ないだろうがいい加減このままではいけない気がする。
言葉の割には、3秒カウントを始めるといった事もなく綱吉の言葉を待つ雲雀の呆れた様な視線が横顔に投げかけられる。
諦めたように、綱吉は息をついた。
話さなくてはならないだろう。
こんなくだらない……綱吉にとっては一大事だが、彼にとっては下らない事である、暇つぶしにもならないような面倒なことに巻き込んだ以上事情くらいは洗いざらい話づ義務がある。
(この人にだけには………―――ん?)
綱吉は何かの違和感を感じた。
感じたがじぶんの事に一杯一杯でちょっと思考が追い付かなかった。
バカなのだ。
バカなのだから、仕方がない―――。
「見合いのセッティングなんて今更でしょう。年頃の娘かその母親ばかりのお茶会にでも放りこまれたの?それとも、滞在先のホテルに女仕込まれた?」
綱吉が言いづらそうに告げた事情をものの数秒で雲雀はばっさり切って捨てた。
つまりは、そう言う事だ。
いい加減身の振り方を決めろ、腹をくくれと彼の家庭教師さまはおっしゃったのだ。
「残念ながら……その全てです、あとそれから……」
「いいよ、もう」
真っ白い燃え尽きた目をしながら語り始めようとする、家庭教師さまの悪魔の所業をしかし雲雀は遮った。
予測できるものから、その斜め上を行くボンゴレ11代目大作戦を聞いたところで何の利があると言うのか。
「俺だってね、分かってるんですよ。いい加減潮時かなって……でも」
「…………」
続く言葉、細められた瞳、ここではない何処か、自分ではない誰かを想うその姿。
その切なく寂しく、そして虚しく惨めな顔を、知っている―――。
そう、まるで自分の姿のようだ。
――――――――――忘れられないんです。
泣いているのかと、そんな錯覚すら覚える声だ。
慕わしい
愛おしい
こんなに切なく誰かを乞う事が、ヒトにできるのかと……
「……あの人が、好きなん、です………」
エンジン音だけが聞こえる。
静かな車内。
どうして声は、彼の声は、こんなにも自分の耳に届くのか、呪わしい。
どうして自分はこんな声を、言葉を、彼から聞かなくてはいけないのか。
口説いてやろうと、誘惑してやろうとしていた下心が脆くも砕かれる。
――――たまらない。
グッとアクセルを踏み込む。
行き先など決めていない、けれども何処か遠くへ、誰一人として知るものの居ない遠い場所へ。
そっと息を吐いて目を伏せた。
二人、そっと旅立つ此処ではない何処かなマイワールド。
スピードメーターが・・・・・振り切れそうである―――――。