その日、雲雀恭弥はイタリアの空の下にいた。
いや、空は万国共通イタリアのなんて付けなくても全国共通、地球全土につながっているわけであるが、そこはそれ。
ムードとか、気持ちとかそんなものが関係してくるデリケートな問題なのである。

久しぶりのシチリアであった。
ボンゴレの支部には、ヨーロッパ各国への所要のついでに寄る事もあったが、彼が最重要幹部の一席を埋めるヨーロッパ最大のマフィア、ボンゴレの本拠地であるところのシチリアへ足を向けたのは半年ぶりになるだろうか。
何しろアクセスが悪い。民間航空を利用しているわけではないけれども、それでもこの場所には行きづらいし、帰りづらい。

それでもやってきたのは、財団の研究者がボンゴレの開発組がなにやら面白いものを開発したようです、と報告を上げてきたからだった。
常なら、そんな事で動いたりはしないのだが丁度ロンドンで用事を済ませた帰りに、ふらりと寄ってみようと思い立ったのだ。
幸い、スケジュールにも余裕があった。
最近いろいろと飛び回っていたおかげで、一月ほどスケジュールはどうにでも動かせるような状態。
この男のスケジュールとしては、ありえないほどの空き具合であった。

まあ・・・・早い話が、暇なのである。


雲雀は手元の時計に目をやった。
航空機を降りた段階で、この場所の標準時間には合わせてある。
短針が2と少し過ぎた辺り、長身が半分近くにまで回っている。
午後の光が眩しい。
シエスタである。
めぼしい店は閉まっているだろう。あまり好みはしないが、珈琲でもすすって一息入れようかという考えを改めた。
このままボンゴレの本拠地へと向かおうと考え直した。


「哲、このままボンゴレへ車まわし……!?」


後ろへ控える部下へろ顔をめぐらると、彼はなぜか眩しい空を見上げていた。
なんだかあっけにとられたように。
釣られて見上げる空、雲雀も、それをーーー見た。



キュイーーーーーン……
そんな音が聞こえてきそうな勢いで何かが飛んでいた。

「なに、あれ…」

いや、知っている。
知っているとも。
人並外れた視力がしっかりばっちりとそれを認めていた。
人、である。まごうことなく。
ついでに言うなら、ゴウゴウと炎を射出しながら青い空を飛んでいるその人影の、固有名詞を雲雀は知っていた。

あの子、なにやってるの?

普段やたらと良識と常識を有する事を触れ回る例のマフィア、ボンゴレのボス沢田綱吉である。
非常に残念だが、本人だ。
この雲雀にそんな突込みを入れられるほどに落ちた彼は、それはもう澄み切った空を飛んでいた。
かなりのスピードで……。
人もまばらな時間で良かったと、言うべきなのだろうか。
こんな配慮に欠ける行動をとる事は珍しい。


雲雀は少し考える。
このままだと見つけられる可能性が高い。
それは、果たして自分にとって良い結果をもたらすのか否か−−−。
これまで彼に関わってきた過去を思い出す。

一長一短……



「ヒーーーバーーーーーァーーーリーーーさああああああん」


そんな事を考えていると、うっかりと飛行物体と目が合った。
空中で急ブレーキ。
そのまま猛スピードで落下するように降りてくる。
逃げる時間もあったもんじゃない。




「ヒバリさん、お願いがあります」

ふわふわと宙に浮いたまま、雲雀よりも頭一つ分高いところから沢田綱吉はお願いがありますと口にした。
物語なら、天から舞い降りてきた綺麗な少年(目の前のソレは、なかなかに童顔で少女めいた顔をしているとはいえ、もうとっくの昔に成人した青年である)は、純白の穢れ無き天の御遣いなのだが、残念ながら雲雀の目の前に浮いているそれは闇社会に名を轟かすマフィアのボスであった。
ついでに付け加えるなら、今の彼は半ハイパーモードであったので、「お願い」しているにも関わらず、どこか高圧的な態度である。
天使というより、女王様・・・・いや失言だ。
半、というのは、なんだかいつものハイパーとは少し口調が違うので、仮につけてみた。
高圧的な敬語、ってなんだか無性にイラッっとするよ?

「俺と一緒に逃げてください」
「――――は?」

教育というなの粛清でもいっとこうか、と身体を動かす前にぶちまけられた言葉に動作が止まる。